亀田俊和検証委員会

HN【御座候/はむはむ2世】が江湖に問う「哲学から下ネタまで、何でもありの型にはまらないブログ」……ではなく、歴史学者・亀田俊和、呉座勇一氏らの『歴史の真実』の他、呉座・日本史界隈、本邦のアカデミズムの闇などを検証しているブログです。

楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その捌~

亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。

・初めて当エントリーを読まれる方は、亀田俊和 - Wikipediaの他、以下の「呉座勇一事件(呉座騒動)」に関する記事などの、ご一読をお勧め致します。

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「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末 | 文春オンライン

自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」 | 文春オンライン

知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの(後藤 和智) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース

ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム

武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム

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 そこで考え出したのは、道化でした。
 それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。
 自分は子供の頃から、自分の家族の者たちに対してさえ、彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに堪える事が出来ず、既に道化の上手になっていました。つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。
 その頃の、家族たちと一緒にうつした写真などを見ると、他の者たちは皆まじめな顔をしているのに、自分ひとり、必ず奇妙に顔をゆがめて笑っているのです。これもまた、自分の幼く悲しい道化の一種でした。

太宰治『人間失格』

・オープンレターを巡って、実は映画評論家・町山智浩さんからもツイッター*1で擁護されていた呉座勇一氏でしたが……。

※下記のツイートは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 自分の記憶が正しければ*2呉座氏はツイッターで、亀田センセイなどと結託して、町山さんにも色々と言及なさっていたと思います。幸か不幸か、町山さんご本人は、そのことに、現在に至るまでお気づきになられていないようです。或いは、気付いておられても、大してお気になさってはいない可能性もあります。

 口幅ったい言い方で恐縮ですが、とりあえず、呉座氏は、上記の件で町山さんには謝辞の一言でも述べた方が宜しいかと存じ上げます。それこそ、誰かさんのように「恩を仇で返した!」などと後ろ指を指されないためにも。老婆心ながら、非礼を百も承知で、ご提案させて頂きます。

●結論に代えてー中間評価・亀田俊和氏の「台湾大学」公募疑惑とは、何だったのか?

 (前回のエントリーからの続き)まず個人的には、亀田センセイのアカデミックポストー台湾大学助理教授の職位が、百億歩譲って所謂「コネ(縁故)」によるものだったと仮定しても、その手段自体を全面的に否定するつもりはございません。くどいようですが、本邦のポスドクオーバードクター問題の根深さは、言うに及ばず、です。無論、亀田センセイの場合は、センセイご自身の責任も大きいと推測されますが。そもそも、一口に「コネ」と言っても、千差万別というか、多種多様でもあります。

 例えば、数年前、夏目漱石志賀直哉などの名だたる文豪の全集の刊行、雑誌『世界』「岩波文庫」「岩波新書」シリーズなどの発行でも知られる出版社の岩波書店が、新卒・中途採用等の応募条件の一つに「(岩波書店)著者・社員の紹介」というコネ採用を堂々と宣言して物議を醸したことがありました。

 しかし、多くの識者からのご指摘があるように、従業員200人前後の由緒ある老舗会社にとっては、実のところ……一定の教養があり、かつコミュニケーション能力に長けた優秀な人材を少数精鋭で、最小限の時間と費用と労力で選べるという、極めて合理的な採用システムであることが分かります*3

 大体、一般社会でもコネ入社などは決して珍しいことではなく、多かれ少なかれ、どこの会社でもそれなりに存在しているのが実情だと考えられます。私事で恐縮ですが、自分もその手の話や噂をごくたまに、耳にすることもあります。極端な話、アホボンばかり採用して倒産するなり、組織が傾くのならば、自業自得でしょう。芸能人や政治家の子弟などを恥も外聞も無く、半ば公然とコネ入社させまくった挙句、とうとう斜陽化が著しくなった某お台場のテレビ局などは、その典型だと思われます。政界や芸能界に恩を売って、パイプを作っておくメリットなども、あるにはあったでしょうが……。

 そういう意味では、台湾大学にも「中国語もド素人の未経験者ではなく、もっとネイティブの日本語教員に適した優秀な人材を、きちんと「公募」で選んだら如何ですか?」などと、非礼を承知で苦言を呈したくもなります。

 もしかしたら、ポスドクオーバードクター問題で、亀田センセイを始めとする当事者の方々とは別の意味で頭が痛かった京都大学サイドが、実質的にセンセイを……いえ、何でもありません。

●「亀田俊和の台湾通信」第6回から

 翌日、大学の学科事務室に行った。この日は、宿舎に引っ越す日である。台湾大学は、教師用の宿舎が充実している。3年期限の新人教師用の宿舎があり(後に4 年に延長)、希望の部屋を申請して、抽選で割り当てられる。日本にいた頃にその手続きはすでに終え、部屋は決定していた。ちなみに台湾の大学は学生の寮もたくさんあり、学生たちも寮に住むのが主流らしい。

「亀田俊和の台湾通信:第6回」(『中国史史料研究会』会報5号)

 何だかんだの紆余曲折(?)を経て、無事、台湾大学で教鞭をとることになった亀田センセイ。ご自分の人生二度目の台湾渡航でもあり、今度という今度こそ、心機一転、いよいよ新天地でのスタート!失敗は許されなかった筈でしたが……。この時は。

 台湾大学は、福利厚生なども充実しているようで、センセイにとっても比較的良好な環境なのでしょう。

 部屋に到着後、まずはキャリーバッグの荷物を置いて、必要最小限の生活用品を買いに行った。この宿舎は、台北101の近くでもある。近年急速に発展している副都心らしく(住めてうらやましいとよく言われる)、三越など日系のデパートや飲食店もたくさんある。最初は三越に行ったが値段が高いので、もっと近くの庶民的なスーパ ーや雑貨店で購入した。
 購入後、 買ってきたほうきとちりとりで、 学生たちが部屋を掃除してくれた。そのくらいは自分でするつもりだったが、 私が何も言わずとも率先して掃除してくれた。台湾の学生たちは、先生をとても尊重している。

「亀田俊和の台湾通信:第6回」(『中国史史料研究会』会報5号)

 おおおお……!目上の人たる「先生」をきちんと敬い、教えを乞う学徒としての感謝と礼儀を忘れない殊勝な態度!我ながら、感服致しました!!台湾大学の学生さんたちの黄金の精神には、近年の日本人が失っていた、良い意味での年長者への敬愛の念などの古き良き美徳も感じさせてくれます。

 一説には、現在も台湾社会は、良い意味でも悪い意味でも、依然として儒教精神が根強いそうです。もとより、本邦とは単純に比較できない部分は多々あるらしいですが。

 本邦のアカデミズムの世界では、長年、諸事情(?)から半ば邪険に扱われ、象牙の塔で不遇をかこつ毎日を送っていた亀田センセイからすれば、感涙ものだったと思われます。

 その分、本邦では常日頃の溜飲を下げるべく、亀田センセイは自称「ネット保守」「新保守主義者」「ネット右翼の代表格」のネット論客・HN【はむはむ】として、神に選ばれた聖戦士に相応しいご活躍ぶりをご披露されておられました!

 不惑を過ぎても尚、ご実家からの手厚い仕送りなどで、優雅なるボヘミアニズムもご堪能されていましたが、これらも亀田センセイにとっては、ご愛嬌なのだと推察されます。

 自分も、亀田センセイの本邦での不憫な日常を想うあまり、読んでいて目頭が熱くなっておりました。ここまで学生さんたちから大切にされて、良かったですねえ、センセイ。願わくば、学生さんたちにも、上記の本邦でのセンセイの華々しい武勇伝を是非とも知って頂きたいものです!これが、騎士ならぬ武士の生き様であると!大和魂、ここにありと!!堂々たる日本男児の勇姿を、とくと瞳に刻むがよいと!!!

 いずれにせよ、本邦では比較にならない程の、「教育者」としてのVIP待遇が、結果的に亀田センセイの転落を招いてしまった一面もあるかと思うと……今となっては複雑な気分ですが。

 余談ですが、台北101とは、台湾の首都・台北市を代表する超高層ランドマークタワーのことです。それにしても、台湾、そして台北市……国立故宮博物院国民革命忠烈祠中正紀念堂、そして士林夜市などの観光名所で見所満載らしく、気候も温暖で食べ物も美味しいとか。

 台湾を横断する日本規格の台湾新幹線台湾高速鉄道)や、台中、台南、高雄などの地方都市も魅力的だそうです。亀田センセイのエッセイを読んでいて、個人的にも興味が湧いてきました!魅惑の台湾旅行がてら、台北市にある台湾大学のキャンパスを訪れてみるのも面白そうです。運が良ければ……冗談です。失礼致しました。

www.taipei-101.com.tw

 居留証の発行まで半月ほどかかった。これがなければ、台湾では何もできない。 携帯電話を買うことも、健康保険に加入することもできない。中国語学校に通うのもまだ不可能だった。携帯は、主任の先生にスペアを貸していただいた。 また、病気にならないか毎日ビクビクしていた。腰痛が起こりかけたときは(私はヘルニア持ちで、真夏や真冬にときどき発症する)、本当に焦った。

 中国語ももちろんまったくできないし、今のおれは赤子同然に無力無能だなと思った。以降 10 日前後、ほとんど何もすることなく退屈な毎日を過ごしたような気がする。
 この時期は、毎日昼頃ノ ートパソコンを背負って大学に行き、Wi-Fi を借りて30 分から 1 時間ほどインタ ー ネットをして(居留証がないので、自分のインターネットもない)、 また宿舎に戻って日本から持ってきた同じ本を何度も読みながら昼寝していた。 日本では拙著『観応の擾乱』が相変わらず話題だったが、当の著者はこんなしょぼい毎日を送っていたわけである。

「亀田俊和の台湾通信:第6回」(『中国史史料研究会』会報5号)

 亀田センセイが実はヘルニア持ちだとは、初耳でした。これから暑い季節になります。南国の台湾は、日本以上の猛暑になることも予想されますので、どうかご自愛下さい。


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*1:※下記の最初のツイートですが、はてなブログの仕様なのか、町山智浩さんのツイートのスクショ画像の一部(上部)が上手く表示されないようです。念のため、全てのスクショ画像をご覧になりたい方は、ツイートのリンク先をクリックして、ツイート全体が表示されるようにして下さい。宜しくお願い致します。

*2:もとより、間違っていたら、直ちに呉座氏ご本人にお詫びすると共に、訂正致します

*3:これらのサイトはご参考なまでに掲載しますが、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ 岩波書店の縁故採用(コネ採用)宣言|本当は実技試験 | 採用の教科書®〜失敗しない採用・求人・面接の仕方マニュアル〜

岩波書店の「コネ採用」報道に同情してみる | 就活の栞

岩波書店のコネ採用はとっても合理的: J-CAST 会社ウォッチ【全文表示】

楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その漆~

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令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース

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武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム

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 第一の手記 

 

 恥の多い生涯を送って来ました。
 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国の遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。ブリッジの上ったり降りたりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜あかぬけのした遊戯で、それは鉄道のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ旅客が線路をまたぎ越えるための頗る実利的な階段に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。
 また、自分は子供の頃、絵本で地下鉄道というものを見て、これもやはり、実利的な必要から案出せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、地下の車に乗ったほうが風がわりで面白い遊びだから、とばかり思っていました。

太宰治『人間失格』

・『西日本新聞』(web版)に掲載された「九州も主戦場 いま「南北朝時代」に熱視線 関連書籍の刊行相次ぐ」と題した有料会員限定記事(配信開始:2022年5月18日17:30)にて、亀田センセイがコメントを寄せられています。センセイがご壮健で何よりでした。ご興味ある方は、是非ともご一読下さい。

www.nishinippon.co.jp

前回のエントリーでも、亀田センセイと昵懇らしい呉座勇一氏の、誠に良識溢れるご大層な「お言葉」と共に取り上げた例の医学部不正入試事件。先日、被害者の女性たち13名が、順天堂大学を訴えた裁判で、東京地裁は原告勝訴の判決を言い渡したそうです。

www.bengo4.com

www.asahi.com

www.nikkei.com

www.tokyo-np.co.jp

  また別の裁判でも、これまた一部の被害者の女性たちと、東京医科大、昭和大、順天堂大の3大学の間で「和解」が成立したそうです。

yomidr.yomiuri.co.jp

www.nikkei.com

※下記のツイートは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 この裁判。個人的には「お嬢様の自己実現なんて知らんがな。」などと被害者の女性たちに平然と言い放ちながら、新刊のイベント開催等が決定で意気軒昂らしい呉座氏ご本人のコメントも待たれると思います。

※下記のブログは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

ygoza.hatenablog.com

ygoza.hatenablog.com

 念のため、非礼を百も承知で申し上げますが、最近巷を騒がせている榊英雄園子温ら相次ぐ映画監督たちなどによる性暴力スキャンダルといい、理由はどうであれ「才能や実績は、過ちに対して、1ミクロンも免罪符にはなり得ない」と自分は考えております。ご職業、研究内容なども問わず、です。 無論、呉座氏と上記の映画監督たちは、単純に比較できない部分が多過ぎるため、同列で論じることはできません。呉座氏も、あんな連中と一緒くたにされるのは、心外でしょう。

※下記のツイートは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 自分も、未だに呉座氏こそ被害者だ!と言わんばかりに逆恨みし、フェミ憎しで噴き上がっている呉座界隈(?)や、一部の日本史界隈の開き直りぶりには、ほとほと呆れ果てるばかりです。自浄作用が、これまた1ミクロンも存在しないのであれば、亀田センセイの検証なども、念には念を入れて地道に続けていかざるを得ないと思います。自分で言うのも何ですが、継続は力なり、です。

●「亀田俊和の台湾通信」第5回から

 ようやく人生初の常勤職に就いたわけであるが、正直言って喜びや達成感は皆無であった。そもそも拙著の校正や引っ越しの準備などでそんな余韻にひた浸っているひまはなかったし、言葉も通じない異国での初めての生活、しかもその状態で外国人に日本語を教えるというこれまた初めての仕事を前にして、ただただ不安と恐怖におののいていたというのが本当のところである。

「亀田俊和の台湾通信:第5回」(『中国史史料研究会』会報第4号)

 四十半ばにして、人生初の常勤でのご就職決定……亀田センセイ、重ね重ね、この場をお借りして、おめでとうございます!このまま、定年まで無事、勤め上げることができるならば、センセイもさぞかし本望でしょう。今更、一語学教員に過ぎない亀田センセイが本邦に帰国したところで、西村晋氏のように、テニュアの准教授としてアカデミズムの世界に潜り込めるかは、極めて微妙な情勢ですから*1。ましてや、あの呉座騒動後とあっては……。

 7月上旬に1度3日間台湾に行き、いろいろな事務手続きを行った。 これが、 人生 2度目の台湾行きである。 当然ながら、 4月よりもすさまじい猛暑であった。 台湾が南国であることも改めて実感した。 しかし私は寒さにめっきり弱く、 長年暖かいところで暮らしたかったので、 これはあまり苦にならなかった。 暑ければ室内で冷房をかければいい。 屋外の駐車場で働く必要ももうない。 そして前任者の辻本雅史先生にお目にかかり、 台湾大学の制度や台湾の生活などにつき、 懇切丁寧な御教示をたくさんいただいた。

「亀田俊和の台湾通信:第5回」(『中国史史料研究会』会報第4号)

 「前任者の辻本雅史先生」こと辻本雅史氏とは、現在は中部大学フェロー、京都大学名誉教授、中部大学名誉教授などの肩書を持つ本邦を代表する思想史家、教育学者のお方です。2012年に京都大学大学院教育学研究科教授を退官後、同年9月から国立台湾大学日本語文学科教授として台湾に赴任されていた経歴の持ち主でもあります。

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 上記の事実など、これまでの検証結果を踏まえた上で類推されるのは……亀田センセイに持ち掛けられた台湾大学教員の「公募」の話とやらが、実は台湾・京都両大学による半ば出来レース、身も蓋も無く言えば、事実上の八百長試合だったという可能性です*2

 もとより、確証は一切無いため、現時点で事実であると断定するには至らず、疑惑はあくまで疑惑のままです。真相は藪の中でしょう。

 ですが、事実であると仮定した場合、そもそも日本語教師の経験ゼロで中国語も全くの素人の亀田センセイが、降って沸いたかのように、突如シンデレラボーイになれた理由も殆どに説明が付くというか、文字通り点と線が繋がります。

 前任者の辻本氏が、他ならぬ京大出身の名誉教授だったというご縁と言いますか、コネクションが少なからず影響していることは、全否定できないと思います。

 実際、京都大学は、台湾大学など複数の海外の大学との間で協定*3を結んでおり、現在も京都大学に所属する研究者の国立台湾大学への派遣」等の交流事業をしているそうです。その栄えある研究者の一人として台湾に赴任した可能性があるのが、亀田センセイだったと推定されます。

 もとより、協定・交流事業云々は直接関係無く、それらを通して長年に渡って培われた台湾・京都両大学の間の純然たる「ご縁」に起因するものだった可能性も捨て切れません。

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 しかし、そうだったとすると、何故、亀田センセイに白羽の矢が立ったのか。そもそも、亀田センセイは、これらの疑惑に薄々であれ、どこまで気付いていたのか。極端な場合、亀田センセイご本人が全くあずかり知らないところで、話が進んでいた可能性も充分以上にあります。

 いずれにせよ、これなどもまた「語るに落ちる」という奴です。殊更に「公募」の体裁をわざわざ取り繕ったのも、縁故疑惑を掛けられないための、台湾・京都両大学当局による言い訳同然の偽装工作だったのでしょうか……?もとより、陰謀論に与するつもりは毛頭ありませんが、謎は深まるばかりです。

 左京区役所にも行って、 住民票や年金・健康保険等の各種手続きも行った。その他、携帯電話の凍結やインター ネットの解約手続きなどもした。 京都大学の生協も解約した。 

「亀田俊和の台湾通信:第5回」(『中国史史料研究会』会報第4号)

 亀田センセイの京都時代のご住所が左京区」こと京都市左京区だったという事実は……当時のご自宅アパートが同区白河地区にあり、呉座氏やとある御仁と共に、仲良く飲食した写真などをツイッター*4にアップしていたという情報を、断片的ですが裏付けています*5 

 別の日には、 上島享先生と勝山清次先生にそれぞれささやかなお祝いの会を開いていただいた。 上島先生には「生まれ変わった気分で行け」、 勝山先生には「女性関係に注意しなさい」 とありがたいアドバイスをいただいた。

「亀田俊和の台湾通信:第5回」(『中国史史料研究会』会報第4号)

 勝山清次先生」とは、日本中世史家として名高い京大名誉教授のお方です。同大出身で、専門分野からしても、ある意味、亀田センセイの大先輩でもあります。

 それにしても、上島氏といい、上記の辻本氏。そして、勝山氏もまた亀田センセイの裏の顔ー自称「ネット保守」「新保守主義者」「ネット右翼の代表格」のネット論客・HN【はむはむ】は、やはりご存知ではなかったようです。もしご存知であれば、これら京大関係者の方々も、果たして亀田センセイに台湾大学教員の「公募」の話を振ったかどうか。ここまで親身になって、懇切丁寧に後輩たる亀田センセイのご就職のお世話をしたのかなどは、一切不明です。

 ボンクラを絵に描いたような自分など、HN【はむはむ】時代の栄光の軌跡こそ才気煥発の天才青年(?)・亀田センセイの本質が最も現れているので、京大の大先輩たちにも評価されて然るべきだと思いますが……ううむ、つくづく残念です。

 やがて、拙著『観応の擾乱』が刊行された。幸いにして好評をいただいたようで、ツイッタ ーで毎日拙著を読まれた方の御感想を拝読していた。担当編集の上林さんは心配しておられたが、これからの生活に不安を感じる自分にとって何よりも励ましとなった。と言うか、 今現在でもなり続けている。また、 奥付の著者紹介から私が台湾に移住することを知った方もいらして、相当驚いておられるようであった。 まあ、 当の本人がいちばん驚いているわけであるが。 

「亀田俊和の台湾通信:第5回」(『中国史史料研究会』会報第4号)

 当時から、ツイッターでご自身の主著たるベストセラー『観応の擾乱』(中公新書)の評判を気にして、毎日、エゴサーチに明け暮れていたらしい亀田センセイ。こうして、北村紗衣氏にも知らず知らずのうちにエゴサで目を付けて、半ばマークしていた可能性があります*6フェミニストどもを土下座させて謝らせた!」などというHN【はむはむ】としてのアンチフェミニストの本能が、亀田センセイご本人も気付かないまま、いつしか騒ぎ出していた危険性も……*7。人間、いい意味で簡単に変われるならば、苦労は全く要りませんからねえ。つくづくご愁傷様です。


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*1:楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その肆~ - 亀田俊和検証委員会  

*2:※追記:2022年5月22日。「ヤッコたん」さんから出来レースか否かは不明ですが、当時、亀田センセイが研究会などの後のお茶会で、台湾大学に行ってみないかと持ち掛けられたらしいという情報などを頂きました。この場をお借りして、御礼申し上げます。→ https://twitter.com/watedesu36/status/1528091411966754816

https://twitter.com/watedesu36/status/1528121102861758464

*3:台湾大学とは2014年9月1日締結。→ 国立台湾大学 (台湾) | 海外協定校・機関との教職員等交流事業

*4:※追記:2022年5月22日。写真をアップしていたのは、閉鎖したブログではなく、ツイッターとのご指摘がありましたので、訂正致します。尚、これらのツイートはご参考までに掲載致しますが、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→  https://twitter.com/watedesu36/status/1528084489460936704

https://twitter.com/watedesu36/status/1528086165668401152

*5:このツイートはご参考なまでに掲載致しますが、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://twitter.com/watedesu36/status/1495103518738620417

*6:クソゲー世界は歴史家にも厳しい世界ですー改めて、呉座騒動の発端こと亀田俊和氏の舌禍(?)を振り返る - 亀田俊和検証委員会

*7:ネット論客としてスターになった俺は、日本中世史界隈をも無双するー亀田俊和氏のHN【はむはむ】時代の栄光の軌跡を追う~其の参~ - 亀田俊和検証委員会

楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その陸~

亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。

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 もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん白髪のようである。それが、ひどく汚い部屋(部屋の壁が三箇所ほど崩れ落ちているのが、その写真にハッキリ写っている)の片隅で、小さい火鉢に両手をかざし、こんどは笑っていない。どんな表情も無い。謂わば、坐って火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、まことにいまわしい、不吉なにおいのする写真であった。奇怪なのは、それだけでない。その写真には、わりに顔が大きく写っていたので、私は、つくづくその顔の構造を調べる事が出来たのであるが、額は平凡、額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、鼻も口もあごも、ああ、この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。特徴が無いのだ。たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。既に私はこの顔を忘れている。部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、その部屋の主人公の顔の印象は、すっと霧消して、どうしても、何としても思い出せない。画にならない顔である。漫画にも何もならない顔である。眼をひらく。あ、こんな顔だったのか、思い出した、というようなよろこびさえ無い。極端な言い方をすれば、眼をひらいてその写真を再び見ても、思い出せない。そうして、ただもう不愉快、イライラして、つい眼をそむけたくなる。
 所謂いわゆる「死相」というものにだって、もっと何か表情なり印象なりがあるものだろうに、人間のからだに駄馬の首でもくっつけたなら、こんな感じのものになるであろうか、とにかく、どこという事なく、見る者をして、ぞっとさせ、いやな気持にさせるのだ。私はこれまで、こんな不思議な男の顔を見た事が、やはり、いちども無かった。

太宰治『人間失格』

前回のエントリーでも取り上げましたが、亀田センセイと同じ京都大学出身のネット論客・青識亜論氏のツイッター凍結騒ぎ、それをきっかけとした同氏のなりすまし垢及び自作自演の偽旗作戦などが発覚した事件。その波紋が、依然として収まっていないようです。

※以下のツイートなどは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

togetter.com

 反フェミニズム嫌韓……私見ですが、「人の評価は点では無く線。」というご指摘だけは、ある意味、現在の亀田センセイも該当する可能性があると思われます。センセイご本人からすれば、甚だ不本意でしょうが……。

 

●「亀田俊和の台湾通信」第4回*1から

 生まれて初めて台湾に行き、これまた生まれて初めて大学公募の面接を受けて帰国した数日後、 日本語学科の事務室から携帯電話に連絡が来た。私が学科の審査を通過し 、 文学院(日本の大学の文学部に相当する)の審査に進んだという通知であった。いまだによく知らないのであるが、台湾大学の審査は 、書類審査→学科→学部→最終と4 段階となっているらしい。それはともかく、文学院の審査のために私の代表著作1点を提出するようにとのことであった。

 当時の私の代表作は(今でもそうだが)、『室町幕府管領施行システムの研究』(思文閣出版、2013 年)である。この本が刊行されたとき、 当然私は著者として何冊もスペアを持っていた。 しかし公募のたびに提出し、何度も落とされたため、提出できる予備の分が尽きていた。

 そのため、また新たに購入しなければならない。しかしこの本は、1万円を超える高額の書物である。当時の私にとっては、かなり痛い出費である。しかも今回も駄目だった場合を想定して、念のために複数冊購入しておかなければならない。そもそも4ヶ月前に応募した際、この本も併せて郵送した記憶があるのだが… …とも思ったが、仕方ないのでまた購入して郵送した。このとき、 本書刊行時に思文閣出版取締役部長であった原宏ー氏と担当編集の田中峰人氏に改めてお世話になった。この場を借りて、改めて感謝したい。 

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第4回」(『中国史史料研究会』会報第3号)

 無事、第3ハードルの面接を乗り越えて、最後の難関(?)となる最終審査まで辿り着いた亀田センセイ。とりあえず、この場をお借りして、おめでとうございます!とだけ言っておきましょう。今となっては、嘆息しかありませんが……。

 ところで、亀田センセイご自身は、後にベストセラーとなった『観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』(中公新書)ではなく、処女作にして初の単著でもあった『室町幕府管領施行システムの研究』(思文閣出版、2013 年)こそご自分の代表作だと考えておられるようです。これは少し意外でした。

www.shibunkaku.co.jp

 まあ、学者云々はさておき、良くも悪くも、一説にはライターとしての本質などは、その処女作に凝縮されているとも言われています。文学研究などでも、対象となる作家の処女作は多かれ少なかれ、注目される傾向があると思います。夏目漱石然り、太宰治然り、三島由紀夫然り、フョードル・ドストエフスキー然り、ウィリアム・フォークナー然り。そして、自分のアイコンたる、ドイツ語で作品を書いたオーストリア・ハンガリー帝国(現在のチェコ)のプラハ出身のユダヤ人作家フランツ・カフカ然り。

 中には、所謂「一発屋」で、結果的にであれ、大傑作となった処女作だけで消えていく書き手も少なくありませんから……。

 いずれにせよ、亀田センセイの「代表作(処女作)」も、きちんと取り上げたいものです。歴史学者亀田俊和」の本質を掘り下げる意味でも。

 ところで、上記の『室町幕府管領施行システムの研究』(思文閣出版、2013 年)。版元の「媒体紹介」によると、大阪歴史学会が発行する会誌『ヒストリア』(2014年6月、244号)で、同書を呉座勇一氏がレビューしていたとか。遺憾ながら、まだ未読ですが……恐らく、否定的な書評などでは無い可能性が高いと思われます。同時に、当時から亀田センセイと呉座氏の関係は悪くなかったらしい事実も、改めて確認できるでしょう。

 ともあれ、こうしてお友達(?)同士、身内の「お手盛り」で評価し合っていたらしい狭い「歴史ムラ」*2の実態も伺えます。別段、それ自体は何ら悪くはありませんが……つくづく、仲良きことは美しき哉」です。呉座界隈(?)の「友情」って美しいですねえ。

 そう言えば、友情云々で想起しましたが、呉座氏の裁判などをクラウドファンディングで支援するとかいう話は、あれからどうなったのでしょうか*3いつの間にか、有耶無耶になったような気が……。

※以下のまとめは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

togetter.com

 呉座氏も、先日、オープンレターの差出人のお一人と「和解」されたとのことです。これを機に、亀田センセイも麗しき「友情」の証として、呉座氏の裁判などを金銭面でご支援されることを、改めてご提案致します。

 何しろ「当時の私にとっては、かなり痛い出費である。」と、公募の度に定価10,780円もの高額な代表作『室町幕府管領施行システムの研究』(思文閣出版、2013 年)を自費で購入されておられた亀田センセイ。確かに、現在の一般的なサラリーマンなどの可処分所得からしても、この出費は幾ら必要経費だったとはいえ、当時の亀田センセイにとって大きな負担であったことは間違いありません。

 一方で、亀田センセイは四十路を超えても、生活費などはご実家からの仕送りで、がっちりと確保。特撮アイドルオタクなどの高貴なるご趣味の他、前出の呉座氏らとの交際費なども、ご自身の印税・原稿料・バイト代等の収入から捻出し、きちんと貯金も心掛けていらっしゃったそうで「現代の高等遊民」として本当におめでたいことです。

 ご本業であれ、ご趣味であれ、ご自分の大好きなことに、ご自身が稼いだお金を存分に使えるのは最高の環境だと思います。嗚呼、羨ましい。口幅ったい言い方になりますが、つくづく羨ましいです!ご実家の仕送りで食べるご飯は、おいしゅうございましたか?

 その後、晴れて亀田センセイは台湾大学日本語文学系助理教授の教職に就かれ、ベストセラー『観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』(中公新書)の印税などもあり、「現在」は懐にも余裕があられると推定されます。もとより、下世話な「推定」であり、大変恐縮ですが。

 以上のことなどを踏まえても、亀田センセイが、呉座氏をご援助されても罰は当たらないと思います。相次ぐ訴訟の連発で金欠に喘ぐ呉座氏も、亀田センセイが経済的に支えてくれるというならば、大変有難く、感涙にむせばれることでしょう。

 こうして事務的な手続きを進めて天命を待つ一方、 もう1つの懸案事項を解決する必要があった。中公新書の件である。台湾大学に採用されると、 要領の悪い私はこの本を執筆することができなくなってしまうので、何としても日本にいるうちに完成させなければならなかった。

 私は、当初からこの本のテ ー マを観応の擾乱にしようと考えていた。 よく誤解されるが、呉座勇ー 『応仁の乱』(中央公論新社、 2016 年)が大ヒットしたので二番煎じを狙ったのではない(それは『観応の擾乱』のあとがきにもきちんと書いたのだが……)。ただし、『高一族と南北朝内乱』(戎光祥出版、 2016年)・『足利直義』(ミネルヴァ書房、同年)・『征夷大将軍護良親王』(戎光祥出版、2017年)と、 他社から依頼された著書の執筆に追われていたので、開始がここまで遅れたのである。 また担当編集の上林達也氏が、 応仁の乱以上にマイナーな戦乱である観応の擾乱をタイトルに据えることに、 当初難色を示していたことも確かである(このこと自体が、二番煎じなどではない何よりの証左であるが)。しかし結局、観応の擾乱が採用され、また事情を話して刊行も急いでいただけることとなった。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第4回」(『中国史史料研究会』会報第3号)

 手元にある『観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』(中公新書、2017年7月25日初版 2017年8月10日3版)「あとがき」(p249~253)で、著者の亀田センセイは本書を執筆するに至った当時の経緯や動機、上梓の意義などについて熱く語られております。しかし、改めて確認したところ、「呉座勇一」のお名前も、「応仁の乱」等の具体的な名称なども「あとがき」には一切出てきません。殊更に呉座氏の主著にして大ベストセラー『応仁の乱』(中公新書)と、『観応の擾乱』(同)との違いを強調した記述も無く、遺憾ながら、上記の『応仁の乱』云々は亀田センセイの記憶違いだと考えられます。

 もとより、自分が購読したのは3版なので、初版の「あとがき」とは記述に食い違いがある可能性もありますが。

 二番煎じ云々も、著者の亀田センセイご本人や担当編集者の方の思惑はどうであれ、結果的に版元の中央公論新社が、呉座氏の『応仁の乱』(中公新書)が火付け役となった室町ブームに便乗することになってしまった側面は否めないと思います。

 ここまで大騒ぎして、これで不採用だったらまたまた世間からいい物笑いの種にされるなあと思っていた。6月上旬には和歌山県海南市春日神社で開催された大塔宮十番頭祭に参加し、呉座勇ー氏の講演を聴いた。前日、和歌山大学の海津一朗先生に現地周辺の史跡をご案内いただき (この辺、記憶があいまいである)、その夜なぜか2人きりでカラオケに行き、欅坂46の「二人セゾン」を熱唱し、翌日二日酔いで苦しんだ。
 それはともかくこんな日々を過ごしていたのであるが、6月下旬、遂に正式に採用されたという連絡が到来した。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第4回」(『中国史史料研究会』会報第3号)

 念願叶って、台湾大学への採用が決定した亀田センセイ。この場をお借りして、改めて祝福させて頂きます!最終審査まで進んだ自信なのでしょうか、センセイは予め結果が分かっていたような口ぶりですが……気のせいですね。恐らくは。

 そして相も変わらず、亀田センセイと呉座氏という類稀な大天才同士の固い「絆」と親密な交流ぶりが伺えて、我ながら実に微笑ましい気分になりました。鏡を見ると、恐らく、ひきつった「笑顔」を浮かべている可能性もあったでしょう。

 さて、恐縮ながら、話は突然変わりますが……世の中には、貧困や劣悪な家庭環境などの諸事情から、努力に専念させてもらえない、努力の仕方さえ教えてもらえない。所謂「ロールモデル」となる人にも恵まれない。身近にアル中や薬物中毒者などを抱え、家族からの虐待やDV被害、学校での陰湿なイジメ等で進学もままならず、大人になってもそれらの後遺症に苦しんで日常生活を送るのも四苦八苦の方も少なからずいます。

 そもそも、大学に進学したくても経済的な理由で進学できない方。進学しても、学費や生活費を稼ぐためにやむを得ずバイト三昧の多忙な日々を送る苦学生の方。卒業後も、奨学金という名の学生ローン地獄の艱難辛苦を味わっている方も、多数おられます。

「女性」という性別だけで、医学部の入試において、事実上の門前払いの不当かつ理不尽な差別を受け、人生そのものを根底から狂わされた女学生の方々も!

 そういった方々に比べて、亀田センセイや呉座氏は、まさに稀代の大天才に相応しい破格の高待遇を受けられておるようで、何よりです。天才と凡人との扱いには、かくも雲泥の差があるのですね。ある意味では、当然と言えば、当然なのでしょうが。恐らく、近年の一部の日本史界隈も「選択と集中」が大原則であると推測されます。

 不遜な言い方で恐縮ですが……天才の天才たる所以は、ご自身の努力や才能だけではなく、生まれ育った環境や人脈・金脈。そして性別などが必要不可欠な要素であることを、お二人は芸術的なまでに体現していらっしゃると推定されます。

 そもそも、呉座氏の母校でもある東大生の約60%が、世帯年収950万円以上という、まさに身も蓋も無いデータもある位です。残念ながら、本邦では経済力と学力、さらに経済的環境と人的環境などには、一定の相関関係があるようです。

※下記のまとめなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

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leon-study.com

 ここで、恐縮ですが、2018年に発覚した医学部不正入試事件に関する当時の呉座氏ご本人の有難きお言葉の一部を拝借し、非礼を百も承知で「社会的成功者」たるお二方に賛辞を呈したいと思います。

kensyoiinkai.hatenablog.com

 

「お坊ちゃまどもの自己実現なんて知らんがな!!!」

 

 ……繰り返しますが、亀田センセイも呉座氏もご自分たちで撒いた種は、ご自分たちで責任を持って刈り取って下さい。それが「大人」として、一端の「社会人」としての責務だと思われます。

 まあ、お二方には仕事に疲れた気分転換などに、上述の太宰治の『人間失格』と合わせて、夏目漱石の自伝的小説『道草』でもお勧め致します。既読ならば恐縮ですが……ある意味、明治時代を代表する「社会的成功者」に群がった二本足のハイエナ軍団などが、実に生々しく描かれた傑作なので。

 ついでと言ってはなんですが、改めて『道草』の主人公・健三の言葉で締めくくりたいと思います。悪しからず、ご了承下さい。

「世の中に片付くなんてものはほとんどありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るからひとにも自分にも解らなくなるだけの事さ」
 健三の口調は吐き出すように苦々しかった。

夏目漱石『道草』

 今後とも宜しくお願い申し上げます。 


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*1:原文(自分が購読している『中国史史料研究会』会報第3号P26)では、何故か表記が「第5回」となっていますが、明らかな誤記です。正しくは「第4回」です。恐らくは、編集などのミスによるものかと推定されます。

*2:個人的には、こうした呼称は趣味ではありませんが、ここでは敢えて使わせて頂きます。悪しからず、ご了承下さい。

*3:ネット論客としてスターになった俺は、日本中世史界隈をも無双するー亀田俊和氏のHN【はむはむ】時代の栄光の軌跡を追う~其の肆~ - 亀田俊和検証委員会

楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その伍~

亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。

・初めて当エントリーを読まれる方は、亀田俊和 - Wikipediaの他、以下の「呉座勇一事件(呉座騒動)」に関する記事などの、ご一読をお勧め致します。

kensyoiinkai.hatenablog.com

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「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末 | 文春オンライン

自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」 | 文春オンライン

呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ | ハーバー・ビジネス・オンライン

知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの(後藤 和智) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース

ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム

武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム

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 第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく変貌へんぼうしていた。学生の姿である。高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美貌の学生である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチをのぞかせ、籐椅子とういすに腰かけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。血の重さ、とでも言おうか、生命いのちの渋さ、とでも言おうか、そのような充実感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪いものが感ぜられて来るのである。私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を見た事が、いちども無かった。

太宰治『人間失格』

院生時代の亀田センセイの裏の顔ー自称「ネット保守」「新保守主義者」「ネット右翼の代表格」のHN【はむはむ】を粘り強く告発しておられた鷲尾拓さん*1ツイートによると、センセイはNHK番組『歴史秘話ヒストリア「黄金の室町時代 最新研究 足利義満」』(2018年10月24日)で、呉座勇一氏と共演されていた過去があるそうです。因みに、番組の主だった顔触れは「解説者・呉座勇一 出演・亀田俊和 司会・井上あさひ」でした。

※以下のまとめは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

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 残念ながら、NHKオンデマンドでの配信も終了したようであり、目下、番組そのものを視聴することが容易ではありません。しかし、上記の「5ちゃんねる」での実況スレ(当時)のログなどから推測しても、亀田センセイと呉座氏の間柄はテレビで仲良く共演するなど、比較的良好だった事実も改めて確認することができます。

・以前にも少しだけ触れた亀田センセイの京都大学の後輩*2にして、反フェミニズムの所謂「表現の自由戦士」らしいネット論客の雄・青識亜論氏。先日、突如、ご自身のツイッターアカウントが凍結されてしまったとか。

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 ……と思ったら、既にサブ垢(?)を作成しており、光の速さで無事復活したようです。

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 ……が、転生先のアカウントがご自身による偽装フェミニストであり、今迄密かに自作自演の藁人形論法で周囲を欺きつつ、トラブルの種を方々でばら撒いて扇動していた黒幕としての裏の顔まで発覚してしまったとか。中にはフェミに偽装したまま、徹底的にゾーニングされていたR18の作品などをpixivから引っ張り出して、故意かつ意図的に燃やそうとした実例まであったとか。

 既に多くの方々がご指摘されているように、典型的なマッチポンプで、何だか一昔前の総会屋を連想させるような手口です。今なら、さしずめウクライナを侵略したロシア軍の悪名高い「偽旗作戦」でしょうか。戦前ならば、本邦の関東軍による張作霖爆殺事件、満州事変などの謀略に酷似したやり口です。

 因みに、ツイッターでのなりすましなどは、そもそも規約違反の危険性もあるそうですが。

 青識氏は、ツイッターアカウントのID(@から始まる英数字)が変更可能なスクリーンネームであること。これとは別に変更不可能なユーザーID(数字)が存在し、それを辿って、スクリーンネーム変更前のアカの過去のツイートなどが調べられるということに、ご存知ではなかった模様です。

 というか、なりすまし垢の使い回しとか即効でバレますから、脇が甘過ぎると思いますが……。

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 しかも、青識氏。何と前述の偽装フェミニストの女子大生垢で、北村紗衣氏など本垢をブロックしている複数の方々にも接近し、味方(?)の振りをして絡もうとしていたようです。

 青識氏ご本人からすれば、他愛の無い悪戯、悪ふざけ、スパイごっこのつもりだった可能性もありますが……百億歩譲って、情報収集のためだったとしても、正直なところ、ここまでするものでしょうか?一線も二線も、完全にレッドラインを越えていると思います。

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 尚、青識氏は元々「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」でのコテハン(固定HN)時代から一部のネット上では有名であり*3、京大に合格した受験生時代の2005年頃からHN【青識亜論】を名乗って活動していたそうです*4。当時、元祖・ネット論客ー自称「ネット保守」「新保守主義者」「ネット右翼の代表格」のHN【はむはむ】として、神がかり的な大活躍をしていた京大の先輩格たる亀田センセイにとっても……。ご自身に続く形となったネット論客の光輝ある新星・青識亜論氏は、誰よりも頼もしい後輩であり、感慨もひとしおであった可能性があります。もとより、現時点でお二方には直接の接点となる確証を見出せず、あくまで憶測の領域とはいえ……図らずも京大の先輩後輩として、同時代でご活躍していたのは事実です。偶然って、つくづく怖いですねえ。

 いずれにしても、亀田センセイ=HN【はむはむ】と青識氏は、雁林氏と共に旧帝大の名門たる京大(大学院)が輩出した偉大なる三大ネット論客として、本邦のインターネット史に名を残す可能性さえあると思います。そうなったら、何とおめでたいことでしょう!自分も赤飯でも炊いて、お三方を心から祝福したいです。

 ところで、どうでもいい話と言えばそれまでですが、青識氏がツイッターなどのアイコンやヘッダー画像で、ご自身を殊更に美化したような「ヴォル子さん」なる自画像(?)らしいイラストを誇示するのは……いえ、何でもありません。はい。

※以下のまとめなどは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

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 余談ですが、近年のネット空間、特にツイッターの一部界隈では、反フェミニズム・アンチフェミニストが一大ムーブメントのようです。この時流というか、実に不可解な風潮(バックラッシュ?)に呑み込まれて、結果的に身を崩してしまう方々が続出している可能性があります。無論、自分の観測範囲の話ですが。

 以前にもこれまた少しだけ触れましたが……残念ながら、呉座勇一氏なども、その典型だったと考えられます。もとより、「フェミニストどもを土下座させて謝らせた!」などと院生・ポスドク時代から胸を張って公言していた亀田センセイは、例外中の例外でしょうが。何時如何なる時代でも、ブレない亀田センセイの首尾一貫したアンチフェミニストの姿勢こそ一本気であり、賞賛に値する可能性もあります。

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 ……ここまで来ると、天網恢恢疎にして漏らさず、という格言を想起させてくれます。合掌。

 

●「亀田俊和の台湾通信」第3回から

 翌日朝、古亭駅から2駅離れた公館駅で降りて、そのすぐそばにある台湾大学に向かった。 早く着きすぎたので、正門前にあるベンチに座って1 時間半ほど待った。相変わらず暑い。
 それから、日本語学科の事務室に向かった。台湾大学は、古い赤煉瓦の建物が多くて、 京都大学とよく雰囲気が似ている。そして京大よりも広大で、椰子の木並木がある。とても美しいキャンパスで、こういう大学で是非働きたいと強く感じた。しかし、そのためには今から待ち受ける試練を突破しなければならない。
 事務室で、 かなり待たされた。予定の時間より遅れて始まったのではないだろうか? バイトの学生と思われる女の子が、大きな紙の箱を持ってきた。本当にくじ引きするんだなと思った(第2回参照)。引いたのは「会話」であった。
 そして2階の別室に案内され、模擬授業が始まった。7~8名くらいの先生方がコの字状に並べられた机に座っていた。男性は1人だけで、あとはすべて女性であった。後に知ったことだが、日本語学科は先生も学生も大半が女性である(学生は 7~8 割ほどが女性)。体感的には、ほぼ女子大である。
 授業は、もちろん日本で何度もリハーサルしたとおりに進めた。会話の授業の最後で、 自動詞と他動詞という言葉を忘れてフリ ー ズしたら、いちばん前に座っていた女性の先生が教えてくださった。面接官に助けられるなど、前代未聞である。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第3回」(『中国史史料研究会』会報第2号)

 ……いやあ、台湾大学側のご対応は、何から何まで、まさに至れり尽くせりの大歓迎。本来、異邦人にして一面接者の筈の亀田センセイに対して、破格のVIP待遇と言っても過言ではないでしょう。余程、大学側は「本邦が生んだ稀代の天才歴史学者」としての亀田センセイに期待を寄せていたようです。それにしても、

「会話の授業の最後で、 自動詞と他動詞という言葉を忘れてフリ ー ズしたら、 いちばん前に座っていた女性の先生が教えてくださった。 面接官に助けられるなど、 前代未聞である。」

 ……って何ですか、この神対応ならぬ痒い所に手が届いた、きめ細かなご配慮は?

 これまた私事で恐縮ですが、自分は就活などで何十件も面接をこなした経験があることは、前回でも触れました。しかし、ここまで面接官が親切に対応してくれた働き口は、一件もありませんでした。実に羨ま……ではなく、実に不可解です。

 というか、国内外を問わず、大学教員の面接などは往々にして、こういう塩梅なのでしょうか?私見ですが、甚だ不自然だとも思います。

 そもそも、亀田センセイ以外にも、この公募に手を挙げた研究者などはいらしたのでしょうか。普通、面接会場の控室などには、他の被面接者が二、三人待機していてもおかしくはないと思いますが……?

 模擬授業終了後、面接が行われた。面接官側にも20分間の制限時間が設けられていたことにびっくりした。これは、日本とは明確に異なる部分である。制限時間がせまると、日本の中規模の学会の報告と同様にスタッフがベルを鳴らす。
 もう2年前のことなので記憶もかなりあやふやになっているが何とか思い出してみると、まず台湾の印象を聞かれた。暑いですと答えると、爆笑が起こった。
「台湾に来たのは何度目か?」「今回が初めてです」。まずはここで不穏な空気が流れた。だが、初めてなのは厳然たる事実なので仕方がない。「大学の第二外国語は何を学んでいたか?」。もう少しで中国語と嘘をつきそうになったが、つくともちろん人生が終了するので、ドイツ語と正直に答えた。しらけたムードが漂った。
「日本史の授業では、専門外の時代も教えなければならないが、お前にできるか?」 と聞かれたので、東進ハイスクー ルで模試の問題を作成するバイトをしていることや、大学の非常勤で近代も教えた経験があることを申し上げると、非常に納得した感じで何度もうなずいていただいた。土壇場で、かつての経験が生きたようだ。
「現在、日本の大学で就職状況がきわめて厳しいことは知っている。しかし、お前が台大に就職してすぐに東大や京大から引き抜きの話が来る可能性もある。すぐに帰国されるのは困る。いつまでいるつもりか?」。こうした質問も想定しており、答えもすでに用意していたが、答えるときはさすがに勇気が要り、清水の舞台から飛び降りる気分であった。しかし、私は覚悟を決めて言った。「可能であれば、定年まで働かせていただきたいと考えております」。
「昨日台湾に初めて来たばかりなのに、定年までいるつもりですか?? ?」ざわ、 ざわ……というどこかの漫画によく出てくる擬音が流れた。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第3回」(『中国史史料研究会』会報第2号)

「現在、日本の大学で就職状況がきわめて厳しいことは知っている。しかし、お前が台大に就職してすぐに東大や京大から引き抜きの話が来る可能性もある。すぐに帰国されるのは困る。いつまでいるつもりか?」

 ……ド直球な質問です。台湾大学側も本邦の宿痾たるポスドクオーバードクター問題の深刻ぶりをご存知のようです。反面、当時の亀田センセイが国内の殆どの大学及び研究機関から「敬して遠ざける」で、冷や飯を食わされていた裏事情(?)などは把握していなかったようです。ある意味、当然と言えば、当然でしょうが……。

「しかし、私は覚悟を決めて言った。「可能であれば、定年まで働かせていただきたいと考えております」「昨日台湾に初めて来たばかりなのに、定年までいるつもりですか?? ?」ざわ、ざわ……というどこかの漫画によく出てくる擬音が流れた。」

 長年、実家からの仕送りで実はボヘミアニズムを堪能していた疑惑がある一方、ご本業の日本中世史の研究者としては失意(?)の日々を送っていた亀田センセイ。しかし、この千載一遇の好機を、悲願の教職に就けるまたとないチャンスを逃すものか、という悲壮なる胸中のご決意!そして可能ならば、台湾にご自分の骨を埋めるつもりですと言わんばかりの、文字通り一世一代のお気持ちならぬお覚悟の表明!!不遜な言い方で恐縮ですが、その心意気や良し!と自分も感銘を受けました。この公募に応募した他の候補者(?)の方々には、ご愁傷様です、と思いながら。

 とはいえ、前回でも取り上げた西村晋氏の前例もあります。現在の亀田センセイの台湾大学での職位が「助理教授」である以上、恐らく、この公募も最初から任期付きの教員、つまりテニュアないしテニュアトラックではなかった可能性があります。亀田センセイが面接を通過して採用が無事決まっても、「副教授」だった西村氏と同様に、数年後に志半ばで無念の帰国を余儀なくされる危険性は、当時から充分以上にあったと思いますが……。

 そもそも、これは本当に「ネイティブの日本語教員」としての「公募」の面接なのでしょうか。それとも、「(ネイティブの)日本史研究者」としての「公募」の面接なのか。その肝心の条件など、亀田センセイの話だけでは詳細がイマイチ分からないのです。

 まさかとは思いますが、「公募」それ自体が……?

「自分で思う長所と短所を挙げてください」。 実はこの質間には、苦い思い出がある。以前、某博物館の面接でまったく同じ質間をされ、短所を「協調性がなく人間関係が苦手であること」とあまりにも正直に言ってしまい、落とされたことがあるからだ。それ以来、ずっと用意していた答えを使うときが来た。長所は「集中力があること」、短所は「アドリブに弱いこと」と答えた。おそらく正しいし、かなりいい回答だと思う。
 驚いたのは、私のツイッターもチェックしていて、拙著の評判もご存じだったことである。これは、女性アイドルリツイートはしばらく控えなければと思った。
 ほかにもたくさんのご質問をいただいたが、想定していた質間が多かったのは助かった。質間者側の 20 分間の制限時間など、とっくに過ぎ去っていた。最後に、会話の模擬授業で助けてくださった先生が、「いずれ翻訳の授業も担当してもらうので、北京語を勉強してマスタ ーしてください」とおっしゃった。「集中力があるのなら、必ずできるはずです」と付け加えられた。さっきの答えが裏目に出た気がした••••••。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第3回」(『中国史史料研究会』会報第2号)

「驚いたのは、私のツイッターもチェックしていて、拙著の評判もご存じだったことである。これは、女性アイドルのリツイートはしばらく控えなければと思った。」

 後付けで恐縮ですが、これなども「語るに落ちる」でしょう。亀田センセイが、今年(2022年)の1月21日頃を最後に現在*5に至るまでツイッターの更新を休止。その陰でエゴサによるブロックを繰り返し、北村紗衣氏に言及したツイートなどを躍起になって削除していた所以の片鱗が、皮肉にも示唆されていたようにも考えられます。

 もしかすると、亀田センセイのツイッターは今も尚、台湾大学側から欠かさずチェックされている可能性があります。その場合、呉座騒動時、ひいてはその後の亀田センセイの言動などを、大学側が問題視している危険性も。

 だからこそ、亀田センセイは事の重大さに今更ながら気付いて、保身のためにツイッターを(表向き)休眠。慌てて、一部のツイートの削除などに勤しんでおられたのではないでしょうか……?それでなくても、ツイッターでも交流していた教え子の学生さんたちから異変を察知され、噂となって学内に広がっている危険性もあります。無論、これは自分の勝手な推論であり、確証は無く、事実と断定することはできません。

 ともあれ、無事、何とか最大の難関でもあった第3ハードルの面接を越えた亀田センセイ。後は、人事を尽くして天命を待て、とばかりに日本への帰国の途に就きますが……運命の、結果は如何に!?って、もうバレバレですね、はい。


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*1:これらのツイートはご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://twitter.com/prolegomena1783/status/1354951436346380292

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1355609656605827076

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1372780093999738886

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1373543075386040321

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1374666256746344448

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1374667235780792320

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1378371382463979520

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1388686887049596929

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1398114439929352196

https://twitter.com/prolegomena1783/status/1376294461227995136

 

*2:但し、学部は異なるらしいです。

*3:※このツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://twitter.com/Tiiduka/status/1523349089907208192

*4:※このツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://twitter.com/wagahaineko001/status/1523502949254672384

*5:本エントリーを書いている2022年5月14日時点。

楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その肆~

亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。

・初めて当エントリーを読まれる方は、亀田俊和 - Wikipediaの他、以下の「呉座勇一事件(呉座騒動)」に関する記事などの、ご一読をお勧め致します。

kensyoiinkai.hatenablog.com

kensyoiinkai.hatenablog.com

kensyoiinkai.hatenablog.com

「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末 | 文春オンライン

自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」 | 文春オンライン

呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ | ハーバー・ビジネス・オンライン

知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの(後藤 和智) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース

ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム

武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム

・当ブログへのご意見・ご感想などは下記のメールアドレスまでご連絡下さい。

higakitakashikensyoiinkai@gmail.com

 はしがき

 

 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹いとこたちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞のはかまをはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、
「可愛い坊ちゃんですね」
 といい加減なお世辞を言っても、まんざらからお世辞に聞えないくらいの、わば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、
「なんて、いやな子供だ」
 とすこぶる不快そうにつぶやき、毛虫でも払いのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。
 まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、何とも知れず、イヤな薄気味悪いものが感ぜられて来る。どだい、それは、笑顔でない。この子は、少しも笑ってはいないのだ。その証拠には、この子は、両方のこぶしを固く握って立っている。人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。猿だ。猿の笑顔だ。ただ、顔に醜いしわを寄せているだけなのである。「皺くちゃ坊ちゃん」とでも言いたくなるくらいの、まことに奇妙な、そうして、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情の写真であった。私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、いちども無かった。

太宰治『人間失格』

呉座騒動の元凶たる呉座勇一氏が、オープンレター側を相手取って、反訴したそうです。呉座氏ご本人がご自身のブログで明らかにしていました。

※以下のまとめなどは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

ygoza.hatenablog.com

b.hatena.ne.jp

 もとより、亀田センセイが金銭面などで呉座氏の裁判のご支援をしているかは不明です*1。月並みですが、呉座氏にはまた頑張って下さい、とだけ言っておきます。

・その呉座騒動の主演の一人でもあり、唐沢俊一の盗用を擁護していた原田実氏の主著『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)の担当編集者(当時)を務め、亀田センセイのエッセイ「亀田俊和の台湾通信」の『中国史史料研究会』の会報における連載を依頼したことでも知られる平林緑萌氏。

 その平林氏の古巣たる版元の星海社から、先日、上梓されて話題沸騰中らしいのが文化学園大学(総合教養)准教授の西村晋氏による『中国共産党 世界最強の組織 1億党員の入党・教育から活動まで』(星海社新書)です。

※以下のまとめなどは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

www.seikaisha.co.jp

natalie.mu

 残念ながら、自分はまだ同書を未読ですが*2……ふとAmazonレビューをチェックしていたところ、実に興味深い投稿がありました。それも内容は、同書云々の書評というよりも、著者たる前出の西村氏に対する痛烈な告発になっているのです。

※以下のAmazonレビューは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

www.amazon.co.jp

 上記のAmazonレビューの中で取り沙汰されている西村氏ご本人と思しきツイッターアカウントの「にしむら @Nishimuraumiush」ですが……あれれ、このツイッターアカウントのID。何処かで見掛けた記憶が?っと思って検索したところ、現在はユーザー名が「マンヤオベガススタイル 本発売中*3に変わっておりました。因みに、アイコンも、です。一方でIDはそのままでした。

※以下のツイートなどは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

twitter.com

 どうやら「マンヤオベガススタイル」=西村氏ご本人のアカウントであることを否定していないようです。

 そう言えば、この「マンヤオ~」こと西村氏。例の呉座騒動前、呉座勇一氏の事実上の「お友達」(取り巻き?)として、暗躍していた事実が、歴史学者・森新之介氏の告発文『呉座界隈問題と私のTwitter夜逃げ(その1)』(note)でも触れられていました。後に西村氏は該当ツイートをこっそり削除したようですが、結果的に森氏のお陰でログが告発文(note)に残っており、現在も確認することができます。

※以下のツイートなどは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 森Q之介(原文ママ)、論文読んでも同じ方法でしたよ。元の文章を解体して一文字一文字再構成して全く別の意味の文章をつくって、ソレを論拠や批判対象にして独自見解を披露。あれは流石にいかんのじゃないかと思いました。

マンヤオベガススタイル(@Nishimuraumiush) December28,2019*4  

 実際問題、森Q之介(原文ママ)、文章だけ読んでると、ほぼほぼ狂人っすよ。論理ってものが全くないんです。彼の文章ってのは、ビート文学とかに近いジャンルですね。

マンヤオベガススタイル(@Nishimuraumiush) December28,2019*5 

note.com

b.hatena.ne.jp

 因みに、西村氏が「にしむら @Nishimuraumiush」として中国の河南農業大学外国語院日本語系副教授であった当時の数々のツイートについては、上記のAmazonレビューだけでなく、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)にもログが残っていました。ざっと確認しただけでも、かつて隣国に赴任していた西村氏が中国共産党の強権政治、独裁体制などを露悪的に賛美しながら、後年、それらのツイートを密かに削除していた痕跡を窺い知ることが出来ます。

※以下のまとめは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

rio2016.5ch.net

 一説では中国に骨を埋める覚悟だったという程、かの国の一党独裁体制に心酔していたらしい西村氏が、その後、如何なる経緯で本邦に帰国したのか。今になって、上記のような中国共産党の組織としての内幕(?)を描いた研究書を刊行したのか、などの真意は不明です。

 まあ、語学系ネイティブ教員など本邦の外国語学部や外語大でも基本的には任期付の扱いのようです。もとより、中国の大学事情について自分は詳しくありませんが……。大方、西村氏はご本人の希望とは裏腹に、大学側から無情にもお払い箱になって、本邦に戻らざるを得なくなった可能性もあると推測しております。だとしたら、少々気の毒ですが。

 尚、中国でも「副教授」といったら、台湾同様に、本邦の「准教授」の職位に該当するようです。翻って、現在の亀田センセイも国立台湾大学文學院日本語文學系所(文学部日本語文学科及び研究科)での職階は、助理教授(専任教師)です。単純には比較できませんが、中国では副教授の職位でさえ所謂「テニュア」扱いでは無い場合もあるようですから、台湾で助理教授として勤務中の亀田センセイも、安穏としてはいられない危険性があります。

 余談ですが、亀田センセイの呉座騒動時の一部のツイートのログ*6も、上記の森氏の告発文にしっかり残っておりました。

※以下のツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

>呉座が私の垢「森Q之介(原文ママ)(@mshin0621)」からのフォロー申請を承認するわけがないので、偽垢をつくってフォロー申請しようかとも考えた。

>そして呉座鍵垢のスクショを何百枚も取ってそれらをどうにか活用しようか、とも。

この辺はネットストーカーじみててかなり怖いよね。

亀田 俊和(@kamedatoshitaka)April11,2021*7

 もとより、森氏のケースは呉座氏たちからの自衛のため、やむを得ない側面が強かったとも考えられるのですが……それさえも、亀田センセイは平然と「ネットストーカー」呼ばわりしていたとは。これまた森氏に「狂人」の稚拙なレッテル貼りをしていた上記の西村氏といい、類は友を呼ぶ、とまでは言いたくありませんが、偶然って本当に怖いですねえ。

 不遜な言い方で恐縮ですが、百億歩譲って森氏が「ネットストーカー」だと仮定した場合*8自称「ネット保守」「新保守主義者」「ネット右翼の代表格」たるネット論客・HN【はむはむ】としての裏の顔を持っていた亀田センセイこそ、一体何なのでしょうか?

 例によって、平々凡々たる自分には、優れた智謀の持ち主である亀田センセイの深謀遠慮が理解できません。というか、理解したくもありませんが。

 くどいようですが、この場をお借りして、亀田センセイには更なるご健闘をお祈り申し上げます。誤解されると困りますが、自分はセンセイの凋落など、微塵も望んでおりません。

 亀田センセイが本邦の歴史界隈でさらにご栄達し、マスメディア等でも引っ張りだこになれば、ネットの片隅に月見草の如くひっそりと咲く当ブログも、相対的に少しは脚光を浴びる可能性がありますので。

 そうなれば、より多くの方々に、本邦が生んだ不世出の大天才たる「歴史学者亀田俊和」の秘めたる魅力を知って頂く、またとない好機にもなるでしょう。

 亀田センセイ、『観応の擾乱』(中公新書)の一愛読者の端くれとして、今後とも宜しくお願い致します。

 

●「亀田俊和の台湾通信」第2回(※後篇)から

 それはともかく、とりあえず急いで模擬授業の準備を行い、先生に見ていただく話となった。語学については、京都大学国際高等教育院附属日本語・日本文化教育センタ ー教授の河合淳子先生をご紹介いただき、河合先生よりアドバイスをいただくこととなった。翻訳については、先方に事情を話して免除してもらった。台湾大学は、私が中国語を話せないことをすでに知っていたらしい。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第2回」(『中国史史料研究会』会報創刊号)

 (前回のエントリーからの続き)口幅ったい言い方でこれまた恐縮ですが、相変わらず、手取り足取りご理解ある周囲からのサポートを受けていた亀田センセイ。結果的に、人並みのご苦労なども免除されていたようで、何よりです。

 それにしても、実は台湾大学側も亀田センセイが中国語が話せないことは、事前に把握していた可能性があります。にも拘らず、第一段階の書類審査で刎ねなかったのは、そもそも如何なる思惑なのでしょうか?

 書類審査の通過後、亀田センセイが中国語に堪能でない事実などが台湾大学側に発覚していたら、最悪の場合、その時点で取り消しになった危険性も充分以上にあると存じます。幾らネイティブの日本語教員を求めていたとはいえ、何故、台湾大学側は亀田センセイが中国語ができないことを不問にしていたらしいのか。前回のエントリーでも取り上げたように、台湾大学の開講は、基本的に中国語と英語の二か国語だそうですが……亀田センセイは英語に堪能だったということでしょうか?

 いずれにせよ、謎は深まるばかりです。無論、誰を教員として採用するか否かは、台湾大学側の自由であることは明らかですが……。

 それと、もちろん台湾行きの航空券も購入しなければならない。それまで私が行ったことのある外国は韓国・ロシア ・ 中国 ・ モンゴルで、実は台湾には行ったことがなかった。しかも今回は、完全な一人旅である。

 面接以前に、無事に現地に行けるかさえ不安であった。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第2回」(『中国史史料研究会』会報創刊号)

  亀田センセイが、韓国への渡航歴があること。それも一人旅では無かったことも事実のようです。ポスドク時代の亀田センセイが、恩師の方に同行して海外研究会の交流で韓国を訪問した際、現地で何らかのトラブルを起こしていた、という情報を部分的にですが裏付けている可能性があると思われます*9

 懸念材料は、もう 1 つあった。中央公論新社から新書の御依頼を受け、ちょうど執筆に取りかかろうとしていたところだった。台湾大学に採用され、引っ越してしまうと本の完成が大幅に遅れてしまう。私は、こちらの執筆も全力で急がなければならなくなった。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第2回」(『中国史史料研究会』会報創刊号)

中央公論新社から新書の御依頼を受け、ちょうど執筆に取りかかろうとしていたところだった。」……言うまでもなく、後に亀田センセイの主著となった大ベストセラー『観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』(中公新書)でしょう。

 当時の亀田センセイは、曲がりなりにも少しずつではありますが、ご本業で人気や知名度が上がりつつありました。とはいえ、まだ『観応の擾乱』(中公新書)の大ヒット前で、世間的には無名に近い存在だったと考えられます。

 それらの事実も踏まえると、この時期に台湾大学が本邦の歴史界隈で燻っていた亀田センセイに目を付けたのは、慧眼というか先見の明があった可能性もあります。しかしながら、ご本業の「歴史学者亀田俊和」ではなく、何故、日本語教員としてだったのか?個人的には、どうにも解せないというか、不可解な点が多過ぎます。自分の考え過ぎだと言えば、それまででしょうが……。

 話を面接と模擬授業の準備に戻すと、語学の方は河合先生より中級の作文の教科書をご紹介いただき、これを基に作文と会話、どちらにも対応できる内容のプリントを作成した。ちなみにこのときの教科書は、今も作文の授業で使用している。

 日本史は、もちろん最も得意な南北朝時代を選んだ。後醍醐天皇建武の新政が、室町幕府の体制に継承されていることを強調する内容とした。近年の新しい学説を貪欲に紹介するアピールである。
 そして上島先生と2回ほど、模擬授業と面接の練習を行った。ご多忙の合間を縫っているにもかかわらず、細かい部分に至るまで懇切丁寧なアドバイスをいただき、 時に叱正も受ける厳しい御指導であった。面接の練習も、1回目は先生のご質問にまった<答えることができなかった。それらをメモし、回答を作成して2回目の面接の練習に臨んだ。「台湾大学を志望した理由」「今まで行った研究の概要・意義」「日本語教育の心構え」「赴任後の研究・教育」「非常勤講師として行った授業」「携わってきた学務」 「長所と短所」 「興味のある台湾の歴史」といった質問が想定された。特に2回目の練習は、実際にスー ツとネクタイを着用して行い、まさに本番さながらの雰囲気であった。
 私よりも、むしろ先生の方がはるかに熱心であるようにすら見えた。先生ご自身も、「普通は京大の先生が就職の件でここまで世話せえへんけどな」とおっしゃるほどであった。確かにそのとおりであろう。 私は社会的な常識が足りず、面接等のマナ ーや受け答えに疎い欠点がある。40 代の半ばに至っても、こうしたことで基本から入念な御指導を受けざるを得ないところに、自分の無力さを改めて痛感して情けない気分になった。しかし同時に、自分がいかに多くの方々のご援助で生かされているのかを感じ、言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちを抱いた。
 そして4月上旬、私はいよいよ台北に向かうこととなった。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第2回」(『中国史史料研究会』会報創刊号)

 上島氏の「普通は京大の先生が就職の件でここまで世話せえへんけどな」というお言葉からは、亀田センセイの台湾大学の公募の件が、ある意味、異例中の異例だったらしい事情の一端が伺えると思います。

 というか、今時の就活中の学生でさえ、正直なところ、ここまで懇切丁寧に大学側からご指導ご鞭撻を頂けるものでしょうか?私事で恐縮ですが、自分など学生時代の就活では、履歴書の作成から試験・面接対策等まで全て自力で何とかせざるを得ませんでしたが。まして当時の亀田センセイがアカデミックポストの就職難に苦しんでいたのは事実ですが、一方で不惑を過ぎても尚、実家からの仕送りで生計を立てて、ボヘミアン生活を満喫していた疑惑もあります。

 遺憾ながら、上島氏は、亀田センセイの裏の顔ー自称「ネット保守」「新保守主義者」「ネット右翼の代表格」たるネット論客・HN【はむはむ】は、ご存知なかったようです。下種な勘ぐりで恐縮ですが、もしご存知だった場合、亀田センセイに如何なる評価を下していたのでしょうか……。

 ともあれ、無事に公募書類の作成という第1ハードルを通過し、書類審査の第2ハードルもこれまた通過するというまたとない僥倖(?)に恵まれた亀田センセイ。

 いよいよ運命の第3ハードルたる面接を受けるべく、異国の地・台湾を目指すことになりますが……。


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*1:無論、現時点では何ら確証は無く、その可能性は極めて低いと思われます。

*2:個人的には面白そうなので、暇潰しも兼ねて一読したい気分もあります。

*3:2022年5月7日時点。

*4:このツイートは、後にマンヤオこと西村晋氏ご本人によって、こっそり削除されました。→ https://twitter.com/Nishimuraumiush/status/1210988106788175872?ref_src=twsrc%5Etfw 

*5:このツイートは、後にマンヤオこと西村晋氏ご本人によって、こっそり削除されました。

https://twitter.com/Nishimuraumiush/status/1210992462040141824?ref_src=twsrc%5Etfw

*6:現在は、亀田センセイによって削除されていることが分かります。

*7:このツイートは、後に亀田センセイによって、こっそり削除されました。https://twitter.com/kamedatoshitaka/status/1381157240409755648?ref_src=twsrc%5Etfw

*8:無論、個人的には断じて森氏は「ネットストーカー」などでは無いと思いますが。

*9:このツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://twitter.com/watedesu36/status/1495526430209613824

楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その参~

亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。

・初めて当エントリーを読まれる方は、亀田俊和 - Wikipediaの他、以下の「呉座勇一事件(呉座騒動)」に関する記事などの、ご一読をお勧め致します。

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「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末 | 文春オンライン

自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」 | 文春オンライン

呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ | ハーバー・ビジネス・オンライン

知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの(後藤 和智) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース

ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム

武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム

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現在、『中国史史料研究会』の会報にて好評連載中の亀田センセイのエッセイ「亀田俊和の台湾通信」。連載第1回目からネット上で、オーバードクターの苦境」などと、それなりに反響があったことは、下記のリンク先の記事などからも伺えます。これには、連載を持ち掛けた平林緑萌氏*1も確かな手応えを感じていらしたでしょう。

※以下のまとめなどは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

note.com

b.hatena.ne.jp*2 亀田センセイも実質的に苦学生」「苦労人」*3のイメージが一部で定着したようで、何よりでした。蛇足ですが、ある意味、身に余る光栄だったかと存じます。

●日本と台湾の大学教員の職階、呼称の違いについて

(前回のエントリーからの続き)今回は本題に入る前に、本邦と台湾との大学教員における職階及び呼称の違い、国立台湾大学などについて、一通り調べた範囲で解説致します。

clubtaiwan.net

  ご存知の方も多いでしょうが、本邦の大学など高等教育機関における教員の主要な職階は以下の通り、基本的には教授をトップとする構造となっております。

 

・教授 Professor

・准教授 Associate Professor

・講師 Lecturer / Part-time Lecturer*4

助教 Assistant Professor

・助手 Teaching Assistant / Research Assistant

 

 一方、台湾の大学、特に亀田センセイが勤務している国立台湾大学教員の主要な職階は、下記のようになっているそうです。本邦同様に、「教授」をトップとする構造ですが、若干違っている部分もあります。

 

・教授 Professor

・副教授 Associate Professor*5

・助理教授 Assistant Professor*6

・講師 Lecturer / Instructor

助教 Teaching Assistant / Assistant*7

 

 本邦と比較して、やや分かりづらい部分もあると思われますが、台湾の大学など高等教育機関における職階で「助理教授」とは、「副教授」に次ぐ職位だそうです。そもそも台湾では、一般的に「教授」の社会的ステータスは非常に大きく、周囲から敬意を集める存在だとか。それ故、本邦以上に「教授」の地位に上り詰めるためのハードルは高く、狭き門でもあるらしいです。

 因みに、台湾の大学では総じて「教授」の人数は少なく、「助理教授」の教員が多いのも特徴の一つのようです。

●台湾の最高学府・国立台湾大学とは?

 他方、現在、亀田センセイが助理教授(専任教師)として勤務しているのが、国立台湾大学文學院日本語文學系所(文学部日本語文学科及び研究科)です。台湾大学は、自他共に認める台湾の最高学府であり、日本で言えば、さながら東大こと東京大学に相当するでしょう。それもその筈で、台湾大学の前身は、日本統治時代の1928年に建学した7番目の帝国大学たる台北帝国大学です。戦後、中華民国政府(台湾政府)によって接収され、国立台湾大学に改称された経緯があります。

www.ntu.edu.tw

 現在、台湾大学には約3万人を超える学生が通っており、蔡英文・台湾現総統を筆頭に、国内外の各界に著名な卒業生を多数送り出しております。QSアジア大学ランキング(2022年)でも台湾最高位の19位であり、最高学府の名に相応しい台湾きっての名門大学であることは、言うまでも無いでしょう。尚、授業は、中国語と英語での開講が主流だそうです。台湾大学での日本語の開講について、今のところ確認出来る範囲では、亀田センセイが所属する日本語学科たる文學院日本語文學系所くらいと推定されます*8

 この台湾はおろかアジア屈指のエリート校に、ネイティブの日本語教員として、中国語が全くできない筈なのに公募(?)した亀田センセイでしたが……。

●「亀田俊和の台湾通信」第2回(※前篇*9)から

 2017 年の 3月下旬、約 3 ヵ月前に応募したことなどほぼ忘れ去っていた頃、突然台湾大学から電子メ ー ルが届いた。「書類審査に通過した。4月上旬に模擬授業と面接を行うので、台北に来るように」という内容であった。
 前回も述べたとおり、日本の大学でさえ私は書類審査ですべて落とされ、面接や模擬授業の段階まで進んだことがなかった。だからまず、書類審査を通過したこと自体に腰が抜けるほど驚いた。何よりも先に驚きがあったので、喜びやうれしさの感情はほとんどわかなかった。そして直後に、模擬授業の内容を見ていっそう暗澹たる気分となった。
 模擬授業は 2 科目。それぞれ 10 分間ずつ行う形式であった。まずは日本史。これはまあいい。間題はもう 1 科目だ。日本語の会話・作文・翻訳の3科目から籤で 1 科目選んで行うという指示であった。
 私はこれまで中世日本の歴史、それも主に南北朝時代室町幕府の政治史・制度史ときわめて狭い分野の研究しか行っていなかった。日本語文法の知識など、せいぜい義務教育レベルでかなり忘れ去ってしまっている。日本語を教えた経験も、外国人相手はもちろん日本人対象でさえ皆無である。しかも「中国語(北京語)」もまったくできないのに、翻訳の模擬授業をする可能性まである。おまけに、準備期間もせいぜい2週間程度しかない。これを駐車場の仕事を続けながらやれと言うのか?

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第2回」(『中国史史料研究会』会報創刊号)

「日本の大学でさえ私は書類審査ですべて落とされ、面接や模擬授業の段階まで進んだことがなかった。 」

「私はこれまで中世日本の歴史、 それも主に南北朝時代室町幕府の政治史・制度史ときわめて狭い分野の研究しか行っていなかった。」

 ……このように如何にも最もらしく述懐されている亀田センセイですが、非礼を百も承知で申し上げるならば、本邦の大学界隈の公募から半ば黙殺に等しい扱いを受け続けた理由の一端については、多少なりともご自覚があると思われます。もとより、これは自分の勝手な憶測ですが。

 遺憾ながら、こうした状況は主著『観応の擾乱』(中公新書)がベストセラーになり、亀田センセイが「歴史学者亀田俊和」として大ブレイクした後も、実は大して変っていなかった可能性さえあります。

 かかる状況に、更なる追い討ちを掛けてしまった危険性があるのが……言うまでもなく、例の呉座騒動だと推定されます。亀田センセイのご健闘を、改めましてお祈り申し上げます。しかしながら、自分は亀田センセイには一切同情致しません。自分如きが同情しても、センセイには甚だ失礼かつ迷惑でしょうから。

 いずれにしても、呉座勇一氏と同様に、亀田センセイもご自分で撒いた種は、ご自分で責任を持って刈り取って下さい。僭越ながら、自分から言えることは以上です。

「日本語文法の知識など、 せいぜい義務教育レベルでかなり忘れ去ってしまっている。 日本語を教えた経験も、 外国人相手はもちろん日本人対象でさえ皆無である。 しかも「中国語(北京語)」もまったくできないのに、 翻訳の模擬授業をする可能性まである。 おまけに、 準備期間もせいぜい2週間程度しかない。 これを駐車場の仕事を続けながらやれと言うのか?」

 実は中国語はおろか、日本語教師としての経験も皆無であり、素人同然だった事実を、図らずも告白してしまった亀田センセイ。正直(?)で宜しい!と拍手したいところですが、では、ダメ元であれ、何故わざわざ公募したのかと小一時間問い詰めたくもなります。その場合、ご迷惑をお掛けするのは、恐縮ですが……。

絶対に無理に決まっている」。私はまた心が折れた。しかし、なぜかともかく書類審査が通ったのは厳然たる事実である。私はふたたび、上島先生にご相談した。
「本当に台湾に行く覚悟があるか?」。まず先生は、そう尋ねられたように記憶している。私の京都在住は、26 年目に突入していた。ちなみに千葉県木更津市が 2 年、 秋田県が 13 年、函館市が3年である。「亀田=秋田」 というイメ ージが強いが、実は秋田で暮らしていたのは意外に短い。人生の半分以上を京都で送っていた。
 しかし前回も述べたとおり、私の人生は正直ジリ貧に陥りつつあった。正直、京都の生活もいい加減飽きていた。まさか海外からチャンスがめぐってくるとは夢にも思わなかったが、これも神様のお導きかもしれない。イチから人生をやり直すくらいの覚悟で、新天地で未知の生活に挑戦するのもありではないか? そう考えた私は、「あります」と答えた。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第2回」(『中国史史料研究会』会報創刊号)

「私の京都在住は、 26 年目に突入していた。 ちなみに千葉県木更津市が 2 年、 秋田県が 13 年、 函館市が3年である。「亀田=秋田」 というイメ ージが強いが、 実は秋田で暮らしていたのは意外に短い。 人生の半分以上を京都で送っていた。」

 京都在住26年目はともかく、亀田センセイが千葉県木更津市で2年間過ごしたことがあるとは、これなども初耳でした。函館市での3年間というのは、函館ラ・サール学園での高校時代のことでしょう。

「まさか海外からチャンスがめぐってくるとは夢にも思わなかったが、 これも神様のお導きかもしれない。 イチから人生をやり直すくらいの覚悟で、 新天地で未知の生活に挑戦するのもありではないか? そう考えた私は、「あります」と答えた。」

 亀田センセイの高邁なるご決意ですが、「答え合わせ」は、早々と最悪の結果に終わった模様です。誠に遺憾ながら、です。言うまでもなく、これまた例の呉座騒動によって。

 まあ、自分が言うのも何ですが……人間、良い意味でそう簡単に変われるならば、苦労はいらないと考えられます。新天地の台湾で、文字通り心機一転、亀田センセイは、一から人生をやり直す位のお覚悟のおつもりだったのは事実でしょうが。ご愁傷様です。

 ちなみに私の祖父は戦前満州鉄道の職員で、父も満州国長春市で生まれた。終戦時、祖父はもう少しでソ連軍に捕まってシベリアに抑留されかけたところを危うく逃げ、父も中国残留孤児となる一歩手前であった。その子や孫である私が、「中華文明圏」に行こうとしている。 我が家はこの文明圏に縁があるのだろうかと、 漠然とそんなことも考えた。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第2回」(『中国史史料研究会』会報創刊号)

 実は亀田センセイ、ご家族やルーツなどについては、ご自身のツイッターでも折に触れて回想しておられました。以下は、その主だったものです。

※以下のツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 亀田センセイはツイートで、ご自身の祖父が、戦前は南満州鉄道こと満鉄の職員であり、戦後は本土に引き揚げて来た満州移民であること。2019年2月~4月頃(推定)に亡くなられた父親も満州出身で、戦後は自衛官を務めていたことなども打ち明けておられました。上記の「台湾通信」の記述とほぼ一致しております。

 最もこうなると、呉座騒動時の「私に健全な保守思想を骨の髄まで授けてくれた父に、今こそ感謝したい!」という亡父への謝意のツイート*10を、亀田センセイが後にこっそり削除したのは、如何なる所以なのか。その真意は、いよいよ不可解になってきます。

 余談ですが、亀田センセイに妹さんがいるらしいとは、自分など上記のツイートで初めて知りました。

 不遜な言い方で恐縮ですが、人に歴史ありと言いますか。ある意味、亀田センセイが語るご家族の逸話は、知る人ぞ知る昭和史の断面だとも思いました。無論、これなども自分の勝手な感想です。


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*1:言うまでもなく、呉座騒動の主犯格の一人でもあります。呉座勇一氏だけでなく、亀田センセイとも交流があったようです。

*2:尚、このツイートは後に亀田センセイによって、密かに削除されました。

*3:実際には不惑を過ぎても、実家からの仕送りで生計を立てるなど、案外、ボヘミアン生活を堪能していた疑惑もありますが。

*4:非常勤講師のこと。

*5:日本の大学教員における「准教授」の職位に該当する。

*6:日本の大学教員における「助教」の職位に該当するが、台湾では博士号を取得した講師のことも意味する。

*7:日本の大学教員における「助手」の職位に該当する。

*8:もとより、自分は本邦はともかく、台湾の大学事情。特に日本語学科の実情などは未だよく分からない点も多いです。従って、断定することはできません。この点につきまして、間違いがあった場合は、可及的速やかに訂正致しますので、宜しくお願い申し上げます。

*9:第2回分も前後篇に分割して、それぞれ検証させて頂きます。悪しからず、ご了承下さい。

*10:尚、この発言のツイートは後に削除されました。→ https://twitter.com/kamedatoshitaka/status/1373666460078280711

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/kamedatoshitaka/status/1373660302173036547

楽園のハレムー検証・亀田俊和氏の台湾通信~その弐~

亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。

・初めて当エントリーを読まれる方は、亀田俊和 - Wikipediaの他、以下の「呉座勇一事件(呉座騒動)」に関する記事などの、ご一読をお勧め致します。

kensyoiinkai.hatenablog.com

kensyoiinkai.hatenablog.com

kensyoiinkai.hatenablog.com

「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末 | 文春オンライン

自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」 | 文春オンライン

呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ | ハーバー・ビジネス・オンライン

知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの(後藤 和智) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース

ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム

武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム

・当ブログへのご意見・ご感想などは下記のメールアドレスまでご連絡下さい。

higakitakashikensyoiinkai@gmail.com

・先日、『中国史史料研究会』(志学社)のHPが更新され、会報の最新号(第18号)が発行されております。現在、同誌上で連載中の亀田センセイによる「亀田俊和の台湾通信」の最新回(第19回)も無事掲載されておりました。亀田センセイがご壮健なようで、何よりです。在りし日の喜色満面の「笑顔」を、もう一度ツイッターで拝見させて頂きたいものです。

※以下のツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 ご興味ある方は是非ご一読下さい。当ブログでも順を追って、いずれ検証する予定です。宜しくお願い致します。

・しつこいようで恐縮ですが、例の唐沢俊一の銀行口座凍結騒ぎ。結局、有耶無耶の内に終息しそうな気配です。今のところは。

※以下のツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 改めて、唐沢の不様な晩年は、ご理解あるお優しい熱心な「信者」に取り囲まれた「裸の王様」の哀しき末路でもあると、思った次第です。

 実際、良くも悪くも健全な「批判」でさえタブーになって馬耳東風に一切受け付けなくなると、ご自分がやらかしたことも、後から何時でも解釈変更が可能などと勘違いが進行するようです。かつて唐沢の盗用を恥も外聞も無く、平然と擁護していた原田実氏などにも、その兆候らしきものが。

※下記のツイートは、ご参考までに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 いやあ、偶然って、やはり怖いですねえ。 

 翻って、上記の唐沢の終幕は、亀田センセイや呉座勇一氏なども他人事では無いと思われます。ある意味、唐沢の生き様は、偉大なる反面教師でしょう。もとより、唐沢とお二方は断じて同類ではございません。単純に比較できない部分が多過ぎます。お二人とて、唐沢と同列に論じられるのは、甚だ不本意かと推定されます。

 くどいようですが、ご自分が大好きなことをご本業にしていくのは、ある意味、茨の道でもあると思われます。私見ですが、無数の熱心な「信者」によって、日本史界隈の「権威」として必要以上に崇められ続けたことも、ご両名のまさかの失墜を招いた背景の一つでしょう。この場をお借りして、近年の歴史界隈が生んだ二大スター学者たるお二人のご健闘をお祈り申し上げます。祈るだけなら、自分如きでもできますので。目下、呉座氏も裁判以外で色々と大変だそうですから。

●「亀田俊和の台湾通信」第1回(※後篇分)から

(前回のエントリーからの続き)亀田俊和の台湾通信」の第1回分の残る後半部分を取り上げていきます。

 台湾大学のお話が来たときの状況は、おおよそこんな感じであった。それまで、50 以上の大学や博物館に応募していた。博物館のために、公務員試験の間題集を買って勉強したこともある。しかし、すべて落ちていた。

 特に大学は面接や模擬授業の段階にも進めず、すべて書類審査で刎ねられていた。当時の私は、応募する前から不採用と決めてかかっていた。 変に期待すると、かえって精神的なダメ ー ジが大きい。日本史研究者が、日本国内の大学でさえ箸にも棒にもかからない。まして今回は海外の大学である。またいつものように、「どうせ不採用だろうが応募しないよりはまし」という気分であった。 

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第1回」(『中国史史料研究会』会報準備号)

「それまで、50 以上の大学や博物館に応募していた。博物館のために、公務員試験の間題集を買って勉強したこともある。 しかし、すべて落ちていた。」

「特に大学は面接や模擬授業の段階にも進めず、すべて書類審査で刎ねられていた。」

「日本史研究者が、日本国内の大学でさえ箸にも棒にもかからない。」

 ……これらもまた自分にとっては、ある意味、衝撃的な事実でした。亀田センセイの述懐を額面通りに受け取れば、の話ですが。亀田センセイ程、非凡な研究者が、日本中世史の大家でさえ、大学はおろか博物館などの職にありつくこともままならないとは。本邦のポスドクオーバードクターなどの問題の根深さは、個人的には柳原望氏の漫画『高杉さん家のおべんとう』(KADOKAWA)シリーズ*1などでも見聞しておりましたが。

 とはいうものの、私事で恐縮ですが、実は、自分もずっとある疑念を抱いておりました。曲がりなりにも京都大学で博士号(文学)を取得し、優れた学術論文を何本も執筆して複数の権威ある学術誌に発表。単著だけでも、台湾大学への公募(?)前に計5冊も著すなどの実績を積んでいたにも拘らず、亀田センセイは何故国内の大学及び研究機関で職にありつくことができなかったのか*2そもそも、日本中世史の研究者が、わざわざ海外に活路を求めて、台湾の大学に赴任しなければならかったのか?

 ネットなどが発達した現在では、世界中何処にいても、日本史の研究を続けることは(一応)可能でしょう。第一、グローバル化が進んだ今時、海外でも日本語に堪能な外国人の日本史の学者などは、珍しい存在でも無いと思われます。

 ですが、新史料の調査や発掘、研究などは、依然として国内の方が有利な場合もあると考えられます。無論、これらは素人である自分の勝手な推論に過ぎません。多少なりとも事情が異なる可能性は捨て切れません。

 それでも、本邦からは比較的近場とはいえ、日本中世史の研究者が異国の地に渡って拠点を構えることに如何なるメリットがあるのだろうか、など。疑問は尽きることがありませんでした。

 では、どうして亀田センセイは国内のあらゆる大学・研究機関などから婉曲に敬遠されていたのか。ネット論客・HN【はむはむ】として力戦奮闘する一方、研究者としては、その赫々たる実績とは裏腹に、長年に渡って不遇に喘いでいたのか?

 恐らく、拙ブログを隅から隅まで御覧になられたお方は……おおよその事情について察しがつくのではないでしょうか?ここだけの話、自分もお噂をかねがね伺っております。もとより、断定はできませんが。

 いずれにしても、亀田センセイのケースは、ご本人の個人的な問題も大きいと考えられますから、依然として深刻な本邦の「ポスドクオーバードクター問題」として一概に単純化して語ることはできない側面があります。

 まあ、亀田センセイの場合、年齢的な問題なども、個人的には大きかったと推定されます。大学・研究機関側も、亀田センセイの研究者としての才能・実績は折り紙つきだが、どうせ採用するなら、もっと若い人材の方が良いなどと考える向きも多かったでしょうから。事実だとしたら、やるせないというか、何というか。

 読史会大会の数日後、吉川先生から台湾大学の募集要項をいただいた。しかし、すぐには書類の作成に取りかからなかった。当時、『征夷大将軍護良親王』(戎光祥出版、2017 年)の校正作業に忙殺されていたように記憶している。群馬県の名家彦部家と立教大学での講演も依頼されており、それらの準備にも追われていた。そもそも、本当に応募しようかずっと迷っていたというのもある。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第1回」(『中国史史料研究会』会報準備号)

 実際、亀田センセイは翌2017年5月に『征夷大将軍・護良親王』(シリーズ・実像に迫る7、戒光祥出版)を上梓しております。この頃は、ご著書の新刊の準備などでも忙しかったというのは、概ね事実だと推定されます。講演云々については、不明ですが。

 結局応募を決意し、ようやく書類の作成を始めたが、台湾大学に限らず、大学の公募書類というのは作成が大変で、心労の重なる作業である。まずはもちろん履歴書から取りかかったが、中国語か英語で作成するようにとの募集要項の指示を見て、 早速心が折れかけた。
 申し遅れたが、 私は中国語をまったく知らなかった。大学の学部で選択した第二外国語はドイツ語であった。当時知っていた中国語は、「作好」「謝謝」「再見」程度である。 四声については、中国語を履修していた人から教えてもらって知っていた。 後は「我愛祢」「作愛我」 と冗談で言い合っていたくらいである。中国語で履歴書など書けるわけがない。そしてもちろん、これも応募を送巡していた大きな理由であった。
 困った私は、中世史の上島享先生に相談した。すると、 すぐに中国人の留学生に依頼して、履歴書を中国語に翻訳していただいたものをご送付いただいた。この間、 わずか 30 分程度だったように記憶している。2~3日はかかると思っていたら、予想外に早く戻ってきたので非常に驚いたが、ここまでしていただいて応募しないわけにはいかない。私は腹を括って覚悟を決めた。
 その後も公募書類の作成は大変であったが、何とか完成させ、台湾に郵送したのは年末年始の提出期限ギリギリであった。そのときも、期限に遅れて落とされても別にいいやくらいの気分だった。

亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第1回」(『中国史史料研究会』会報準備号)

 京大で習った第二外国語がドイツ語であり、実のところ、中国語は文字通り全くの素人だったいう亀田センセイ。当然のことながら、台湾とは縁もゆかりも無かったそうです。少なくとも、この時点では。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、ひょんなことから(?)飛び込んで来た台湾大学の公募の話に、かくして飛び付いたのでした。めでたしめでたし……ではなく、ここからがいよいよ本番だったようです。

 まずは第1ハードルとも言うべき公募書類の作成。

 ここでも亀田センセイは、周囲からの手厚いご支援によるお膳立てもあり、何とか中国語で履歴書などの書類を完成させることができたそうです。不遜な言い方で恐縮ですが、一から十まで悉く他者のお世話になったようで、これなども何よりでございます。持つべきものは……いえ、無粋でした。何でもありません。

 個人的には、ここで、一つ看過できない重大な疑惑があります。

 そもそも、台湾の大学など高等教育機関で、日本人が日本語等の教員として働くためには、本来ならば日本語教師としての経験(最低でも3年以上)が必須条件とされているそうです。言うまでもなく、亀田センセイの現在の肩書は「国立台湾大学日本語文学系 助理教授」ですが、台湾に渡る前に日本語教師として専門の訓練(教育実習など)を受けた、又は国内外で経験豊富だったという事実は今のところ確認できません。

clubtaiwan.net

 言わば中国語云々以前に、遺憾ながら、日本語教師としては素人同然だった亀田センセイにわざわざ台湾の大学の公募の話が、このタイミングでどうして来たのか?ちゃんと日本語教師としての実績があり、中国語などに堪能で言語学の知識が豊富な研究者の方こそ、この種の公募の話が適任だったのでは無いかと。

 まさかと思いますが、ある程度は……いえ、確証に乏しいため、現時点ではこれ以上何とも言えません。無論、結果論に過ぎないと言えば、それまでの可能性もありますが……。

 余談ですが、「中世史の上島享先生」とは、京大大学院文学研究科の上島享教授のことでしょう。専門は日本中世史だそうですから、学問的にも年齢的にも亀田センセイの先輩格の方と思われます。


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*1:→主人公が地理学の博士号を取得するも、教員・研究機関などの公募に落ちまくっている中学校の非常勤講師(後にN大の助教)のオーバードクターという設定です。地理学の話題も豊富なので、ご興味ある方にはお勧め致します。

*2:→もとより、名ばかりだった京大非常勤講師のポストなどは除きますが。