・亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。
・初めて当エントリーを読まれる方は、亀田俊和 - Wikipediaの他、以下の「呉座勇一事件(呉座騒動)」に関する記事などの、ご一読をお勧め致します。
「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末 | 文春オンライン
自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」 | 文春オンライン
知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの(後藤 和智) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)
令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース
ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム
武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム
・当ブログへのご意見・ご感想などは下記のメールアドレスまでご連絡下さい。
higakitakashikensyoiinkai@gmail.com
・先日、舌禍事件(?)で東浩紀氏ことあずまん先生の逆鱗に触れたらしい呉座勇一氏ですが、捨てる神あれば拾う神がおられるのか、インターネット放送局『論壇チャンネル「ことのは」』へのご出演が決定したそうです。尚、放送は来月(7月)を予定しているとか。
※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。
【7月放送番組のご案内】
— 論壇チャンネル「ことのは」 (@KotonohaRondan) 2022年6月24日
呉座勇一さんと河野有理さんの対談番組を7月に放送します。呉座さんの新著『戦国武将、虚像と実像』を話題に諸々論じて頂きます。乞うご期待下さい。https://t.co/sqZu3upFw0#呉座勇一 #河野有理
呉座先生、論壇チャンネル「ことのは」に、河野有理先生との対談で出演が決定されたようですね。 https://t.co/bsdGsD2pQI
— 中田大悟 NAKATA Daigo (@dig_nkt_v2) 2022年6月24日
7月だそうです pic.twitter.com/cLcbnCRQ4I
— 中田大悟 NAKATA Daigo (@dig_nkt_v2) 2022年6月24日
しかも、呉座氏の対談相手は……呉座騒動後、呉座氏ご本人を熱心に擁護されていた法政大学法学部教授の河野有理氏です。一説では裏垢(鍵垢?)も絶好調であり、当時から現在に至るまで「何か」を饒舌に語っておられるらしいですが。
因みに、この『論壇チャンネル「ことのは」』と、その母胎となっている可能性がある『「日本文明」研究フォーラム』という学術団体(?)。これらなども、市井の凡人たる自分でさえ、見覚えのあるビッグネームが勢揃いの感があります。そこには、前述の河野氏だけでなく、北村紗衣氏と係争中の雁林氏。そして……今や本邦のイスラム研究者の間では、あの池内恵氏からも敬遠されている飯山陽氏まで……*1!?
余談ですが、上記の『ことのは』『日本文明研究フォーラム』につきましても、森新之介氏が、以下のnoteの後半にて、検証記事を上げておられます。飯山氏のまとめと合わせて、ここにアップしておきます。
※以下のまとめなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。
・呉座騒動時、呉座氏がマンヤオベガス*3こと文化学園大学(総合教養)准教授の西村晋氏、「とある御仁」との会話の中で、フリーライターの若林宣氏に言及していたツイートから。発覚後に、何かあったのか?西村氏及び「とある御仁」は、即座にご自身のツイートを削除した模様ですが。
※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。
ふ~ん。私に限っては、詰んでいるのは確かだけれど。 @Nishimuraumiush さんが何を言って、どういうつもりで @syakekan さんが「辛辣♥」と返したのか、興味あるなぁ。 https://t.co/U94XOjJDJp
— 若林 宣 (@t_wak) 2021年3月21日
晋氏のアカウントなども確認できます。
当時、西村氏に「とある御仁」が、呉座氏と仲良く肩を並べて、具体的に何を語られていたのか?被害者の若林氏ならずとも、野次馬同然である自分も興味があります。こうした経緯でさえも、棚の最上段ならぬ神棚に上げて信仰の対象にされているらしい西村氏は、さながらアカデミック世界の即身仏であられると、自分は改めて畏敬の念を深めた次第です。偶然って、やっぱり怖いですねえ。
・その「とある御仁」。『日本外交と対中国借款問題:国際借款団の事業範囲という視点から』という学位論文を以て、2018年3月24日に博士号(歴史学)を取得なさっているのですが*4……その査読の主査を務めていたのが、前回のエントリーでも少しだけ触れた、法政大学文学部教授(当時)の歴史学者・長井純市氏なのです。因みに、長井氏の専門は、日本近現代政治史です。
本来ならば、上記の博士論文に基づいて、立派な単著も出している「とある御仁」は、長井氏の門下生というか、教え子の中でも有数の出世頭である筈ですが。如何なる経緯なのか、今春に上梓された長井氏の退職記念論集『近代日本の歴史と史料』(花伝社、編・長井純市)にも、お名前が何処にも見られません。というか、恐縮ですが、事実上、黙殺に近い扱いを受けているようなのが分かります。
もしかすると、例の呉座騒動が尾を引いている可能性もあります。この点、古巣の京都大学大学院文学研究科教授の上島享氏から、8月頃に発売予定の新刊『論点・日本史学』(ミネルヴァ書房)の執筆陣のお一人としてお仕事を依頼されたと推定される亀田センセイの現況は、まだ僥倖だと言えるでしょうか。いや、それとも……?
尚、呉座氏ともお知り合いらしい墨東公安委員会さんは*5、「とある御仁」とも因縁浅からぬ仲らしく*6、「とある御仁」ご本人のツイートのスクショも貼られておられました。
※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。
「かつてもそんなもの」というところは小生もそう考えます。しかしそれが、公然と「表に出る」、とりわけ公的な場の言説に登場するようになり、多くの人が堂々とそれに同調するようになる、というのは大きな変化といえます。@syakekan pic.twitter.com/64wTy71VWh
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) 2018年3月2日
どうでもいい話ですが、上記の「とある御仁」のツイッター垢のHN及びアイコン画像(当時)が、スマホゲーム『ポケモンGO』の【ラフレシア】であったことも一目瞭然です。というか、あのアイコンについて分かる人は、分かるでしょうが。
※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。
若干、成果物を送ったことを後悔しないでもありません。 pic.twitter.com/4zwmVFIOt1
— 墨東公安委員会 (@bokukoui) 2021年3月19日
自分が確認できた範囲では、上記の墨東氏のツイートに添付されているスクショこそ、「とある御仁」がアカウントを削除される直前のツイートだったようです。そこからは「G座Y一先生の親友@空想上」というHNが確認できます。尚、このHNに加えて、「とある御仁」が革命的非モテ同盟という団体の大総統(?)であったらしい事実なども、上記のまとめから判明しております。
亀田センセイとも「非モテ」などをキーワード(?)にご縁があったらしい「とある御仁」。個人的には、「非モテ」云々などの下世話な話題について、これ以上取り上げる必要は無いと思われたので、触れないでいましたが。
※以下のブログは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。
上段のブログからは、亀田センセイが「とある御仁」関連のツイートなども、後に一部こっそり削除していることが明らかになっています。理由は、例によって例の如く不明です。とはいえ、削除してもエントリーにくっきりと痕跡(ログ)が残ってしまって、どのツイートを消したのかが、これまた一目瞭然で思わず涙を誘います。
余談ながら、ツイッターのアカウントをお持ちのお方などは、検索欄にて「to:syakekan」のキーワードで検索すると、当時の「とある御仁」の行動の一部が判明します。「とある御仁」が、亀田センセイや呉座氏、田部連こと新名一仁氏だけでなく、歴史学者・平山優氏などとも親交を結ばれておられた証跡が、ハッキリと残っておりますので。もとより、平山氏が「とある御仁」の「素性」に気付いておられたかは、不明ですが。
●「亀田俊和の台湾通信」第11回から
今回から、中国語の勉強について紹介したい。
私には多くのコンプレックスがあるが、語学もまたそのひとつである。高校時代は、英語が大の苦手教科であった。特にリスニングが全然だめで、毎回赤点を連発して冗談抜きで本当に留年しかけたほどである。単語を覚えるのも、文法問題も大嫌いであった。
「東北地方の人間なのに、なぜ東大ではなく京大に入ったのか?」という質問も、昔はよく受けた。その答えのひとつが、入試問題である。京大の英語の問題は非常にシンプルで、英文和訳と和文英訳しかない。英文和訳だけで全体の3分の2の得点なので、これだけ極めれば十分に合格点に達する。ということで、受験勉強ではリスニングはもちろん完全に無視し、文法問題はセンター試験レベルにとどめ、後はひたすら和訳の練習に専念した。1浪したものの何とか合格でき(ちなみにセンター試験の英語の点数は現役時よりも下がった)、今でも和訳には少しは自信あるが、これでは英語が得意だとは到底言えまい。人格や他の能力と同様、私は英語力もきわめていびつなのである。
亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第11回」(『中国史史料研究会』会報第10号)
亀田センセイが、実は浪人生だったという事実は、ご自身も打ち明けておられました。また、センセイのポスドク時代を直接知るヤッコたんさんのご証言によると、高校時代から様々な意味で、「ご活躍」なされておられた可能性もあります。
※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。
昔受験浪人していた頃、予備校への通学路で名和長年戦死の碑を見つけて感慨深く感じたことを思い出しました。 https://t.co/ydcj7iFpPO
— 亀田 俊和 (@kamedatoshitaka) 2018年12月9日
その時にはもう関西にお住まいだったのですか😃
— ☕petty_bonitas🍰 (@petty_bonitas) 2018年12月9日
はい。大学のいちばん近くにある予備校が、その大学の受験対策が最も充実していると聞きましたもので。いや、両親には本当に多大な負担をかけました。何ともお恥ずかしい…。
— 亀田 俊和 (@kamedatoshitaka) 2018年12月9日
超名門高校は買い被り。函館ラサールはインチキと🐢氏本人が言ってる。ピアスして反抗的で授業妨害で厳重注意され通し。全寮制でつまらぬルールが気に食わなかったようです。結果、浪人して京大へ。国語の成績も学校のお勉強レベル。さえ坊の直感は鋭い。🐢氏は読解力までナルシスト。
— ヤッコたん (@watedesu36) 2022年2月28日
個人的には一浪云々などはともかく、亀田センセイご本人が、浪人生時代から志望校たる京大合格のために、何と京都在住だったことが一番の驚きでした。あまり言いたくないですが……天才とは、当人の努力・才能だけでなく、生まれ育った環境。特に実家が太いなど、家庭の経済力もまた必要不可欠な要素であるという自分の勝手な見立ては、一面の事実ではないかと改めて痛感致しました。誠に遺憾ながら、です。無論、サンプル数が少ないので、安易に一般化して、一括りで語ることは憚れますが。
それにしても、本邦の日本史界隈における百年に一度の大天才の誉れも高い亀田センセイでさえ、全教科得意……という訳にもいかなかったようです。それならば、東大受験を目指していた可能性があったらしいと。真面目な話、これもまた意外でした。
ただ、こうなると……中国語はおろか、英語力でさえ不安がある亀田センセイを*7ネイティブの語学教員として「公募」(に名を借りた八百長試合の疑惑あり)で採用したという台湾大学の方針は、いよいよ以て不可解です。そもそも、台湾大学での講義は、基本的に中国語と英語の二か国語の筈ですが?
大学の第2外国語は、ドイツ語を選択した。神聖ローマ帝国やハプスブルク朝など中世のドイツの歴史に興味があり、ドイツという国自体も好きだったことが大きいが、最大の理由は高校時代に読んだ本に、語彙や文法が英語に似ているし、発音も日本語に近いので学びやすいと書かれていたからである。
実際は、冠詞や動詞の変化が英語以上に複雑で、名詞に男性・女性・中性と3種類も性があるなど相当難しくて、正直だまされたと思った。しかし、独文科に行くわけでもないし、本当の意味でマスターする必要はなく、正直単位さえもらえればそれでよかった。英語と同じ要領で勉強し、平凡な良を無事にいただけた。
亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第11回」(『中国史史料研究会』会報第10号)
大学での第二外国語がドイツ語だったのに、中国語を学習する必要に迫られるとは、何の因果か、亀田センセイも想定外だった一面もあるでしょう。
以来、院試で多少英語を勉強した程度で、語学とはまったく無縁の生活を送ってきた。そんな私が、いきなり中国語圏で生活することになったのである。
前にも言ったが、今まで私は中国語の勉強をしたことがまったくなかった。当時知っていた中国語は、「你好」「謝謝」「再見」くらいである。四声は、知識として知っていた。後は「我愛你」「你愛我」くらいである。NHK教育テレビの中国語講座を見ていた時期もある。しかしそれはローラ・チャン目当てで、肝心の中国語はまったく頭に入ってこなかった。
ただでさえ語学な(※原文ママ)苦手な私が、今までまったく学習したことがない言語圏での生活を始める。これだけでも不安だが、年齢もその不安をいっそう増大させた。上島先生にも、出国前に年を取っているから中国語で苦労するだろうとよく言われた。あまりにも言われたので、「じゃあがんばってマスターしてやる」と内心で思ったが、もちろん絶対的な自信があるわけではなかった。
亀田俊和「亀田俊和の台湾通信:第11回」(『中国史史料研究会』会報第10号)
諸事情から、長年、アカデミックポストの就職難に苦しみ続けて「語学とはまったく無縁の生活を送ってきた」亀田センセイを、専門外の語学教員として送り出した京大当局の真意もまた理解に苦しみます。もとより、本邦のポスドク・オーバードクター問題の根幹は未解決であり、大学当局としても、当事者の亀田センセイとは別の意味で懸案事項(?)を解決したかった可能性もありますが。
*1:このまとめは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://togetter.com/li/1634054
*2:追記:2022年6月27日
*3:2022年6月25日確認。
*4:→ https://hosei.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=14620&item_no=1&page_id=13&block_id=83
*5:このツイートは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://twitter.com/bokukoui/status/1424604023177371652
*6:このツイートは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。→ https://twitter.com/bokukoui/status/1424604575097524225
*7:とはいっても、京大の受験に合格する位ですから、客観的にも亀田センセイの英語力は一般の日本人の平均レベルというか、学力を凌駕していると言っても過言では無いでしょう。上記の自己評価は、センセイご本人の謙遜もあると思われます。