亀田俊和検証委員会

歴史学者・亀田俊和、呉座勇一氏らの『歴史の真実』の他、日本史界隈、本邦のアカデミズムの闇などを検証しているブログです。

軽井沢デイドリームー呉座勇一氏のもう一つの所属先「信州大学社会基盤研究センター」の謎を追う~その弐~

亀田俊和氏の勤務先への抗議などは、絶対にやめて下さい。宜しくお願い致します。

・初めて当エントリーを読まれる方は、亀田俊和 - Wikipediaの他、以下の「呉座勇一事件(呉座騒動)」に関する記事などの、ご一読をお勧め致します。

kensyoiinkai.hatenablog.com

kensyoiinkai.hatenablog.com

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「匿名で悪口スクショが続々と…」呉座勇一氏“中傷投稿”問題、渦中の北村紗衣氏が語る顛末 | 文春オンライン

自分を責める気持ちが湧いてきて…呉座勇一氏“中傷投稿”問題、北村紗衣氏が語る「二次加害の重み」 | 文春オンライン

知識人「言論男社会」の深すぎる闇…「呉座勇一事件」の背景にあったもの(後藤 和智) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

令和三年・呉座の乱:ロマン優光連載183 (2021年3月26日) - エキサイトニュース

ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」 - 弁護士ドットコム

武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」 - 弁護士ドットコム

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 けれども、自分はそれからすぐに、あのはにかむような微笑をする若い医師に案内せられ、或る病棟にいれられて、ガチャンとかぎをおろされました。脳病院でした。
 女のいないところへ行くという、あのジアールを飲んだ時の自分の愚かなうわごとが、まことに奇妙に実現せられたわけでした。その病棟には、男の狂人ばかりで、看護人も男でしたし、女はひとりもいませんでした。
 いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。つまり、この病院にいれられた者は気違い、いれられなかった者は、ノーマルという事になるようです。
 神に問う。無抵抗は罪なりや?
 堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、そうしてここに連れて来られて、狂人という事になりました。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、癈人はいじんという刻印を額に打たれる事でしょう。
 人間、失格。
 もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。
 ここへ来たのは初夏の頃で、鉄の格子の窓から病院の庭の小さい池にあかい睡蓮の花が咲いているのが見えましたが、それから三つき経ち、庭にコスモスが咲きはじめ、思いがけなく故郷の長兄が、ヒラメを連れて自分を引き取りにやって来て、父が先月末に胃潰瘍いかいようでなくなったこと、自分たちはもうお前の過去は問わぬ、生活の心配もかけないつもり、何もしなくていい、その代り、いろいろ未練もあるだろうがすぐに東京から離れて、田舎で療養生活をはじめてくれ、お前が東京でしでかした事の後仕末は、だいたい渋田がやってくれた筈だから、それは気にしないでいい、とれいの生真面目な緊張したような口調で言うのでした。
 故郷の山河が眼前に見えるような気がして来て、自分は幽かにうなずきました。
 まさに癈人。
 父が死んだ事を知ってから、自分はいよいよ腑抜ふぬけたようになりました。父が、もういない、自分の胸中から一刻も離れなかったあの懐しくおそろしい存在が、もういない、自分の苦悩の壺がからっぽになったような気がしました。自分の苦悩の壺がやけに重かったのも、あの父のせいだったのではなかろうかとさえ思われました。まるで、張合いが抜けました。苦悩する能力をさえ失いました。

太宰治『人間失格』

ポスドク時代の亀田センセイと面識があったヤッコたんさんのツイートから。ヤッコたんさん、いつも大変お世話になっております。改めまして、この場をお借りして、感謝申し上げます。

※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 これらが事実だと仮定したら、呉座勇一氏も存外、お人が悪いなあ、と我ながら苦笑を禁じ得ませんでした(失礼)。まあ、亀田センセイから愚痴(?)などを散々聞かされていたらしい呉座氏ご本人も、内心では困惑していた可能性もありますが。ご愁傷様です。

※以下のツイートは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 不遜な言い方で恐縮ですが、呉座氏はともかく、亀田センセイはご自分が好き好き大好きで、堪らないお方の可能性もあると見受けられます。センセイの普段のツイート、何よりも裏の顔ー自称「ネット保守」「新保守主義者」「ネット右翼の代表格」のネット論客・HN【はむはむ】の言動を鑑みると、です。無論、自分の勝手な推測であり、断定はできませんが……。ご自分を好きになれるって、人生で大切なことでもありますから、一概に悪いとも言えません。物は考えようでしょう*1

・呉座騒動後も、呉座勇一氏を熱心に擁護しつつ、これまた北村紗衣氏にも再三再四言及しておられた山梨学院大学法学部政治行政学科教授の小菅信子氏。

※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 因みに、小菅氏は、何と法学部教授(!)*2にも拘らず、弁護士の神原元氏に対して違法な懲戒請求をした挙句、提訴され「和解」。実質敗訴で、50万円の和解金を支払う羽目になったそうです。しかも、神原氏は弁護士としてのご本業を全うされただけで、突如、小菅氏ご本人から懲戒請求をされた模様です。

※以下のツイートなどは、ご参考なまでに掲載したものであり、自分はこれらのご見解に賛同している訳ではありません。宜しくお願い致します。

 小菅氏とのトラブルで、神原氏に依頼していた高千穂大学経営学部教授の政治学者・五野井郁夫氏が、当時の経緯などを振り返っていらっしゃいました。

 尚、小菅氏は上智大学文学部史学科出身であり、専門分野は「近現代史・国際関係論・平和研究」です。「法学部」教授の肩書きとは一体……?

 呉座氏も、ある意味、先輩格の著名な研究者の小菅氏から「激励」され、さぞかし鼻が高いと思われます。すっかり元気を取り戻しつつあるようで、何よりです。ゆくゆくは、亀田センセイ共々、小菅氏との対談や共著などの「お坊ちゃまどもの自己実現」に必要不可欠なお仕事も実現するといいですねえ。袖振り合うも他生の縁、です。くどいようですが、亀田センセイ、呉座氏の更なるご健闘ご活躍をお祈り致します。

 

●現地取材で見えてきた「信州大学社会基盤研究センター」の実状とは?

(前回のエントリーからの続き)……首都圏から公共交通機関を乗り継いで、遠路はるばる、降り立ったのは、しなの鉄道信濃追分駅

しなの鉄道信濃追分駅」のプラットフォームです。

※「信濃追分」の駅名標

※記念碑(?)

※プラットフォームからでも、浅間山などの雄大な景色を一望できました。

※「美しい村」……軽井沢などを舞台にした文豪・堀辰雄の小説『美しい村』に因んでいることが分かります。

※「信濃追分駅」は、標高957mの位置にあります。近隣の軽井沢駅とは打って変わって、閑静な無人駅です。曜日や時間帯などの関係もあるでしょうが、当日は人通りも殆どありませんでした。

※駅前の傍の標識。お目当ての「信州大学社会基盤研究センター」へは、右側の道沿いを行きます。

※道路の歩道を歩きます。向かって右側が、しなの鉄道の線路です。

※前方にうっすらと「信州大学社会基盤研究センター」の門らしきシルエットが……!?

※遂に……「信州大学社会基盤研究センター」と思しき建物とご対面です。まずは正門(?)前から。門に看板はおろか、表札さえありませんでした。しかも、柵やフェンスも無し。写真の左上部がピンボケしていて、すみません。

※こちらの正門前の写真の方は、ピンボケしていませんでした。しかし、こうして見ると、あのグーグルストリートビューの写真、さらに信州大学先端領域融合研究群の公式サイト「研究所・拠点」のページにある社会基盤研究センターの施設の外観写真と一致していることが本当によく分かります。

※まさか、無断で勝手に敷地内に立ち入ることはご法度ですので、写真は全て歩道から撮影したものです。よく見ると建物の正面玄関の右横にプレート(?)らしきものがあります。

※建物自体は、大学の研究所というよりも、ちょっとしたペンションか、別荘のような趣きがありましたが……。因みに、敷地は木立ちや灌木で一応囲まれていますが、柵やフェンスなどの遮るものはありませんでした。

 ……上記の写真でも何とか確認できますが、施設らしき建物の正面玄関の右脇にはプレートがあります。念のため、持参した双眼鏡で覗いてみると……信州大学の校章と共に「信州大学社会基盤研究センター」との文字をハッキリと確認できました!ここが、Googleマップにもあるように、同研究センターの施設であることは自体は、ほぼ間違いないようです。しかし、玄関も窓も固く閉じられているみたいなので、内部の様子を窺い知ることはできませんでした。

 遺憾ながら、自分は望遠レンズのような高価な機材を持ち合わせていなかったので、拡大写真などは撮れなかったこともご報告しておきます。 

 しかし、何処からどう見ても、大所帯のスタッフを抱えた国立大学所有の研究所というよりも、個人所有の別荘か、精々よく言ったところで、こじんまりとしたペンションのようでした。いざ実物を目の当たりにしてみると、そのスケールの小ささには、やや拍子抜けした想いです。
 果たして、これは誰が何の目的のために建設し、利用している施設なのでしょうか……?本来の用途などについて、自分なりに色々と考察してみました。もとより、以下の考察は、自分の勝手な憶測というか、状況証拠などに基づくものであり、事実とは異なる可能性があることを、予めご了承下さい。
●第1の可能性ー学生向けのセミナーハウス!?

 まず、咄嗟に自分が想起したのは……学生向けの所謂「セミナーハウス」という可能性です。

 というのも、ここ軽井沢は本邦有数の別荘地・避暑地ということもあり、交通の便も比較的良いため、首都圏の大学・専門学校などの高等教育機関セミナーハウスがひしめいているからです。一通り調べただけでも……早稲田大学の軽井沢セミナーハウス専修大学の同セミナーハウス津田塾大学の同ハウス順天堂大学横浜薬科大学文京学園国立情報学研究所東京電子専門学校などの同施設を確認することができます。

 私事で恐縮ですが、自分の母校にもセミナーハウスと似たような施設があったような無かったような……いずれにせよ、何らかの既視感があったことは事実です。

 とはいえ、冷静に考えてみると、この可能性も低そうです。

 そもそも、軽井沢にある各大学・高等教育機関などの学生向けのセミナーハウスの施設は、どれも立派かつ大規模なものです。

 例えば、上記の早稲田大学セミナーハウスに至っては、収容人数は320名。学生用(164名)の鉄骨2階建ての本棟に加えて、学生用(82名)のコテージ、教職員用(50名)のコテージ、教職員用の(24名)のグリーンハウスがあり、大広間の食堂は全てバイキング形式での料理と至れり尽くせり。

 屋外施設にはテニスコート(屋外全天候型)10面、バレー・バスケットコート(屋外)2面、野球場1面、運動場2面、雨天体操場(卓球場)1棟など、これまた充実しております。

 しかも、屋外炊事場として、バーベキュー場(50人収容)まで二か所あるというのですから……!?

 いやまあ、国立大学と大手私立大学なんて、そういうものだろ、という向きもあるでしょうが……単純に比較できない部分が多々あるとはいえ、上記の「信州大学社会基盤研究センター」という建物。セミナーハウスとしては、規模が小さ過ぎると考えられます。

 またこの種のセミナーハウスの場合、駅からの途上、道案内などの標識が一つや二つあってもおかしくはないですが……周囲の道などを隈なく歩いて調べましたが、そのようなものは見掛けませんでした。無論、自分が見落としているだけの可能性もありますが。

●第2の可能性ー公開講演会・研究会などの時だけ使用する幽霊研究所!?

信州大学社会基盤研究センター」が、書類上だけ存在するペーパー研究所では無いらしい事実は確認できたものの、では、この建物は本当に一流どころのメンバーなどを多数揃えた国立大学の研究所なのか……?そう疑問に思っていた矢先、下記のような信州大学「トピックス」を発見致しました。

www.shinshu-u.ac.jp

 上記の「トピックス」によると、この施設は2018年6月8日に信州大学社会基盤研究センターの「軽井沢オフィス」として創設され、地元の軽井沢町東京大学先端科学技術センター(!)とも連携しているそうです。

 実際、この「軽井沢オフィス」とやらのオープニングセレモニーには、当日、来賓として軽井沢町の藤巻進町長(当時)、軽井沢町議会の市村守議長(同)など自治体のお歴々の他……何と呉座勇一氏が招聘され、記念講演会を行っていたようです。当時の様子を写した写真などが、「トピックス」にありました!写真を見る限り、呉座氏ご本人であることは、間違いありません。写真からは、施設内部の他、プレミアム国産WINEセミナーで、呉座氏らがワイングラスを片手に仲良く談笑している光景が分かります。

 呉座氏がわざわざ招聘されたのは、無論、信州大学に多額の寄付をして紺綬褒章を授与された「功績」もさることながら、……大ベストセラー『応仁の乱』(中公新書)などで一躍スター学者となった呉座氏の名声を評価してのものでもあるでしょう。

 或いは、池内恵・玉井克哉の両氏などの東大先端研の先輩方から、事実上の「名代」として派遣されたのか……?

 無論、真相は不明ですが……いずれにしても、この小規模なペンションさながらの建物。「信州大学社会基盤研究センター」の施設としては、普段使用されず、公開講座(講演会)や研究会などの時にだけ所属の研究者等が使っていると推定されます。研究者専用の「机」なども無い可能性があります。

 一方、敷地内には数台の車やバイクなどが止まっており、常駐者かは不明ですが、定期的に管理する人などが施設に出入りしているようです。恐らくは、信州大学の職員などの関係者だと思われます。

 これまた自分の勝手な推測ですが……この建物自体も、信州大学軽井沢町との提携協定などに基づいて、同町から寄贈された、又は買い上げたか。それとも、同町の斡旋(案内)で第三者から購入した別荘かペンション等の可能性も捨て切れません。施設の規模からしても、国立大学の研究所として、一から新築したとは考えにくいのです。既存の建物を間借りしているなどの感が否めません。

●結論・「信州大学社会基盤研究センター」とは何なのか?

 以上の考察を踏まえると、呉座氏らが所属する信州大学社会基盤研究センターとは……やはり第二の可能性であるペーパー研究所ならぬ幽霊研究所(?)だったと類推されます。そもそも、「メンバー紹介」からして、呉座氏や池内氏などが全くの畑違いの分野でもある「法制企画部門」に所属しているところからして、実に胡散臭いです。

www.shinshu-u.ac.jp

 これなども自分の勝手な憶測であり、大変恐縮ではございますが……恐らく、東大先端研の玉井氏*3らが中心となって、ある種の身分保障というか、出城としてこの幽霊研究所(?)の人事などに一枚噛んでいるのではないでしょうか?お友達や取り巻きなどの研究者を搔き集めて、互助組織ならぬ、生活協同組合的な就職口という発想で……!?

 不遜な言い方になりますが、何とかの誘蛾灯だと思います。これでは……。

 もとより、玉井氏はともかく、池内氏や小泉悠氏、山口真由氏などは何らかの事情で名義貸しをしているだけであって、この研究センターの実態についてはよくご存じでは無い可能性もあります。信州大学社会基盤研究センターの実状について、誰よりも知りたがっているのは、実は当事者である池内氏らだったとしたら、嗤うに笑えない事態だと思いますが。

 無論、呉座氏が母校・東大の先端研に出入りしているか否かの真偽についても、現時点では確認できません

 翻って、近年、多くの研究者・博士号取得者などがアカデミックポストの就職難に喘いでいるポスドクオーバードクター問題については、これまで拙ブログでも再三触れてきたのは、ご承知の通りです。

 一方、文科省は大学及び研究所などに所属していない研究者(ポスドクオーバードクター等)には、研究者番号という科研費応募や受領に必要なIDを交付しない、という方針を貫徹しているようです。

 このため、無数の卒業生などのポスドクオーバードクターを抱えて、当事者とは別の意味で頭が痛い大学当局の中には苦肉の策として、やむを得ず、上記のような幽霊研究所(?)に近い「受け皿」を用意しているところもあるようです。常勤の研究者ならぬ「○○特任」「○○兼任」「○○嘱託」などの不可思議な肩書きの名ばかり研究員として。もとより、信州大学社会基盤研究センターが、厳密な意味で、これらに該当するかは定かではありません。

 しかし、そういったところには、多かれ少なかれ、一般社会同様に何らかのコネなり、情実人事が時として入り込むこともあるそうです。「○○さんの紹介です!」「○○さんはお困りのようですから……」というような形であれ何であれ。

 とはいえ、昨今はこうしたある種の水増し要員でもある実態に乏しい研究員と、彼らの駆け込み寺(?)に対する風当たりが強くなりつつあるのも事実だそうです。名ばかり研究員などが不祥事やスキャンダルなどの失態を犯した場合、当然、張本人のみならず、名義貸しの元にも少なからず非難が寄せられるそうですから。そういったことなどもあり、こうした「出城(受け皿?)」での抱え込みは難しくなっている一面もあると推察されます。

 言うまでもなく、呉座氏、池内氏……そして玉井氏らが如何なる理由で、この「幽霊研究所(?)」「出城(受け皿?)」に所属しているのか。その真意も含めて、全ては謎のベールに包まれております。やっぱり偶然って、怖いですねえ。

 余談ながら、亀田センセイも懐具合が暖かいのであれば、今こそ、呉座氏に続いて信州大学に多額の寄付(最低でも500万円以上!)をして紺綬褒章を受章。ついでに、呉座氏に紹介状でも書いて頂いて、同大学の「特任助教」の職位を獲得しましょう!これならば、ご自分はアカデミズムの世界に恩返しが出来たんだ!立派な勲章まで貰えたんだ!と言わんばかりに、本邦でセンセイを敬遠していた連中の鼻を明かせる、またとない好機だと思います。池内氏や玉井氏らの心証も覚えめでたく、センセイのことを気に入って、今後も末永く贔屓の引き倒しをしてくれる可能性が高いでしょう。

 さあ!!さあさあさあ!!亀田センセイ、是非とも前向きにご検討宜しくお願い申し上げます!!!


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*1: 尚、前回のエントリーでヤッコたんさん証言にもあった「H大学」。リサーチマップになどに掲載されている亀田センセイの公式プロフィールの「経歴」から推測すると、恐らく、2010年4月~2014年3月まで「経済情報学部兼任教育職員」の肩書きで勤務していた「兵庫大学」のイニシャルの可能性が高いです。このことは、ヤッコたんさんの証言の真実性を部分的に裏付けているとも思われます。余談ながら、ヤッコたんさんがご指摘しているように、例えば主著『観応の擾乱』(中公新書)でも、亀田センセイは奥付の著者プロフでは兵庫大学の教壇に立った経歴などには、一言も触れていません。一方で、「京都大学文学部非常勤講師」の肩書きを強調している辺り、センセイの複雑な心境を垣間見た気分になりました。

*2:厳密には、小菅信子氏個人としての肩書きは「歴史学者」「政治学者」であり、実は法律関係は全くの門外漢だったようです。

*3:信州大学社会基盤研究センターでは「地域デザイン部門」の部門長を兼任。